木曜日, 3月 09, 2006

数字なんて誰でも作れる

 世の中のバカ(理系に多い)は数字は正直だと言う。確かに数字そのものには正直かもしれないが、その数字が正直かどうかは別問題である。はっきり言おう数字なんていくらでも作る事が出来る。自分に都合の悪い数字を上手く隠す事さえ出来れば、良い数時を作る事は出来る。あとスペックバカと言う連中も多い。物の比較をする時にスペックで優劣を決める連中だ。こういう連中は、大抵アメリカ被れだったりする。アメリカのように文化を持たない野蛮人にはスペックやモジュール化と言った分かりやすい部品に分解しないと判断出来ないと言うバカチンが多い。そういった連中にとって要素主義や帰納法といった考え方はまさに合理的なように見えるわけである。

 少し頭に血が巡っていれば、要素主義を突き詰めようとするとすぐに何も無い世界にまで行ってしまうと気付くのだが、どうもその辺りに気がつかないらしい。要素主義と比較すればゲシュタルトの考え方の方がよっぽど優雅で気品に溢れているし説得力もある。言わば日本的な奥深い洞察力を秘めているのである。それなのにアメリカがそう言っているからと言う非常に単純な理由で、数字やスペックで物事を決めるのが合理的だなどと思い込んでいるバカが増えているのだ。

 数字が物を言う世界では優等生の考え方が合理的に見えるが、こと人間や社会と言う現実世界では数字の価値は数段低いレベルになるのである。まあそれの逆に行き過ぎてしまった悪い例が太平洋戦争(数字が低いレベルに置かれたのではなく数字を無視してしまった)だったが、数字の半分でも判断材料に使っていれば日本が負けるような事は無かったはずである。

結論:数字を過信してはいけない。数字を越える事に人間の英知が問われるのである。

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