木曜日, 11月 30, 2006

ロシア元中佐暗殺

 亡命したロシアの連邦保安庁(FSB)元中佐アレクサンドル・リトビネンコがロンドン市内の病院で亡くなったが、これは明らかにFSBによる暗殺ではない。確かにリトビネンコがFSBをプーチン政権批判の急先鋒であったが、それを理由に暗殺を行なってプーチンには何の得もない。ロシア諜報部を疑うくらいならば、イギリス諜報部やCIAが罪を擦りつけるためにやったと考える方がよっぽど辻褄が合うのである。

 たとえ実行犯がロシア諜報部門の人間だったとしても指示した人間はプーチンではなく別の誰かだろう。金で動いた可能性だってある。もしもプーチンの指示だと考えて暗殺したとしたら、それはアル・カイーダと言う架空のテロ組織の為にやっていると思ってアメリカの自作自演を助けたテロリストと全く同じ状態だったのである。

結論:真っ先に疑われる人間が暗殺指令を出すなんてありえないと考えない奴らはただの戯けだ。

野田聖子って

 個人的な趣味としては佐藤ゆかりは好きな顔ではない(どうでも言い話だ)が、恐らく野田聖子(本名:シマショウコ)よりはましかもしれない。野田卯一の孫(法律上のと言う意味で妾の連れ子の子供なので血の繋がりはない)として地盤を継いで岐阜から議員となった。田園双葉からジョーンズビル・ハイスクールへ留学(実際は放校処分になりアメリカに逃げる)。帰国後、上智大学の比較文化(海外帰りの受け入れ施設、堀越の芸能部のような存在)を無事卒業し、政治家への道を歩み現在に至る。

 こいつ自民党員だが、事実婚(どっかで聞いたような話だ)を実践する夫婦別姓を推進しようと言う(恐らくあちらの血が流れているのだろう)リベラルな人(サヨク)である。考え方もかなり偏っているし本来ならば社民党にでも入ればいいのだが、その権力志向は半端じゃなく政権をとれない政党など目糞とも思っていないはずである。刺客であるある佐藤ゆかり(実はそれ以外の対立候補全てなのだが)に対しては、応援者に犬の死骸を送り付けたり、ポスターを張り替えたり(さすがに選挙ポスターではないが)まるで創価学会員のようなやりたい放題をやってきた人間(人でなしだが生物分類上は人類の一種)だ。

 というわけでこんな奴に議員をやらせている岐阜県もだが、復党を認めた自民党もどうかしている。同和の連中を選挙運動員に使うなど、その進歩的な発想は他の候補者の追随を許さない大物なのである。体外授精の不妊治療体験から生殖医療に取り組んできたようだが、郵政民営化で賛成票を投じて自殺した永岡議員に対して「ブラブラしやがってこのキンタマ野郎」とののしり罵声を浴びせ人民裁判を行なった事実は消せない(この辺りは赤軍派の永田洋子を彷彿させる)。

 揚げ句の果てには自分たちの吊るし上げが原因で自殺したのにいけしゃあしゃあと、「小泉の“暴力団まがい”の多数派工作のせいだ」と発言したのだから、体外受精の失敗はこの穢れた血を残さないと言う神のご加護であろう。

結論:福島瑞穂は戯け(基地外)だが、野田聖子は犬畜生だ。有権者は政策じゃなく人柄で選んだって?お前ら皆人間じゃねえ叩き切ったる!!

水曜日, 11月 29, 2006

いじめは無くならない

 学校でのいじめが問題になっているが、これって日本の民族的問題じゃないだろうか。村八分、私的制裁、総括どれもいじめられる側に廻らないようにいじめる側に加わると言う群れ意識(みんなで渡れば怖くない、バスに乗り遅れるな)が根本にあるのだ。これが消えない限り日本人のいじめ体質は決してなくならないだろう。いくら個人の自由だ、平和だと言ったところでいじめを黙認する(長いものに巻かれる、体制側に付く)体質が無くならない限り何をやっても無駄なのである。

 山形県でいじめで自殺が起きた日に平気で、送別会を行なった根性(腐ったが付く)も別に世間に楯突こうなどと言う覚悟があったわけではなく。みんなで参加するのだから大丈夫だろうと言ういじめを行なうのと全く同じ精神構造(自分で考えることをしないということ)が引き起こしたことなのだ。恐らくいじめを問題だと口にしている連中も、平気で同じことをするだろう。

 どういうことかと言えば、大体右も左も異論を認めない。異論を吐く人間を仲間はずれにしようとする。これはいじめと全く同じなのだ。何か一つだけを正しいと考えることはそれだけでいじめを誘発してしまう。それがわからないような人間にいじめを語る資格はないのである。

結論:そう言う民族なのだからいじめは絶対に無くならない。

火曜日, 11月 28, 2006

まるで詐欺?

 IP電話事業の”未来通信”に投資して身ぐるみはがされた人が「まるで詐欺だ」と怒りの声を上げているようだ。

結論:まるでじゃなくて、まるっきり詐欺だ。騙される方が悪い。統一教会の壺でも買え!

イラク政策は完全に失敗

 アメリカはイラクに、まさかこんなにテコズルと考えていなかったのだろう。大体、本当の大義名分もなしにイラクを攻めたことが、そもそもの間違いだった。アフガンと違いイラクにはアルカイーダとの関係などどこをどう掘り起こしたって出てくるわけがない。

 それとフセインに統治できたのだからイラクなどアメリカに統治できると思い込んだのも浅はかだった。少なくともイラクにはフセインシンパがいたが、前の湾岸戦争ですっかり嫌われたアメリカシンパなどはイラクには存在しなかったのだ。しかたなしに引っ張り出したのが、フセインから逃れて海外に逃げていた反フセイン勢力の人間(匿われていた国がアメリカじゃイラク人がついてくるはずがない)ばかり。アメリカシンパに統治できるほどイラクは単純な国ではなかったということだ。

 さて後はいつご免なさいをしてイラクを去るかだが、一番良いシナリオは、どこで手に入れたか分からない最新兵器を持ったバース党の兵士がフセインを奪還して、軍事力でアメリカをイラクから追い出すと言うやつだろう。これならば逃げ出しても言い訳が立つ(立場はなくなるが)し、イランの影響力を殺ぐこともできる。

 まあ実際にはそこまで思い切ったオプションは組めない(アメリカは負けを認めない暴力国家なので)から、バース党の復権そしてフセインの恩赦、イラクの再統一となるのだろう。

結論:イラクを統治できるのは実績のあるバース党以外にはありえない。何故ならばそれ以外に中東の安定は得られないからだ。結局、兼人犠牲を払ったがアメリカは何の権益も得られなかったのだ。前の湾岸戦争の時にフセインを生かしておいたパパ・ブッシュ(ベーカーの部下)の方が賢明だったわけだ。さすがにネオコン(これって民主党の残留組でイスラエルの傀儡。目的は中東の秩序の破壊だったのだ)と違って共和党は大人だったのである。結局イスラエルは疫病神なのだ。

真実と事実 〜第十四条〜

 ちょっと軍隊関係ばかりになってしまって飽き飽きしてしまっているかもしれないが、今回もまた懲りずに。

二・二六事件
定説:陸軍皇道派による青年将校による軍事クーデター。政治腐敗、不況を打破する昭和維新とした。決起後天皇の武力鎮圧の命令が下りクーデータは失敗に終わる。
事実1:不況とインフレをまともに受けたのは東北の農民だけでなく、薄給の青年(下級)将校であった。
事実2:戦後世代には理解できないかもしれないが、戦前の軍人の地位は今考えているほど高くなかった。
事実3:第一次大戦後の世界的な厭戦を受け日本の軍隊も縮小され、職にあぶれる職業軍人が多くあった。そのため配属将校令(軍事教練を名目に軍人を学校に送り込んだ一種の口減らし)が作られた。
私の視点:建前では公憤だったと言われている青年将校の反乱には、当時の軍人が置かれていた経済的な立場が大きく影響していた。戦争がない時の軍人はただ威張っているだけの人に過ぎず、建前としては尊敬されていたが実際には蔑まれていることも多かった。軍学校を出ることは帝国大学を出るよりも大変だったのに、卒業すればサラリーマンよりも給与は低い。その報われない立場がクーデータを正当化させる一因だったことは間違いない。

マレー侵攻
定説:山下奉文指揮下の第25軍が英豪印軍と戦いマレー半島を進撃。日本軍は圧倒的勝利を収める。
事実1:55日間に、95回の戦闘を行ない250の橋梁を修復しつつ、1100キロを進撃。
事実2:銀輪部隊は1日に数十キロから100キロ近く進撃
事実3:重砲や車両(荷車のことで自動車ではない)は徒歩で1100キロを移動(因みに東京から小倉約1100キロ)
私の視点:奇襲だったかもしれないが戦いながら1100キロを55日で破壊された橋梁を修理しながら移動すると言うのは信じられないことだ。この実力を他のことに使ったらどんなに凄いことが出来ただろう。

結論:前半は軍人の置かれていた立場が戦争を必要としていたことを裏付け。後半は日本軍の凄さ(無茶と言うべきか)を物語る。どちらにせよアメリカ(物量と言う意味)さえ戦争に巻き込まなければ、太平洋は日本のものだったかもしれないが、そう考えたことがそもそもの間違いだったのである。

朝鮮総聯強制捜査

 ついにタブーの一つ朝鮮総聯に官憲の手が伸びた。同和にもメスが入ったし、これからどうしようというのだろう。それとも単なるガス抜きなのかさすがによく分からない。

結論:次は社民党を強制捜査してください。隠れ朝鮮人や隠れ同和が沢山出てきますよ。もちろん最初から知ってはいるんでしょうけど。

植草教授まだ拘留中

 たかが痴漢でまだしょっぴかれたままの植草氏。拘留期限はもうとっくに過ぎていないか。次にマスコミに乗る時には拘留先で首吊ってるのが見つかったりして。

 どちらにしろちょっとおかしいぞ。

結論:植草氏はきっとよっぽど喋られたくないことを知っているのだ。

月曜日, 11月 27, 2006

ことばの定義

 どうも世の中には社民党の福島瑞穂のようにことばの意味を知らない戯け(たわけ)が多いようで困ったものである。そう言う連中は日本の大東亜戦争が侵略戦争だからいけないなどと開けの分からないこと平気で言ったりする。実はそう言う連中はことばの意味を全く理解していないのにいけないだの間違っているだのと言っている事に気付かなかったりする。そういう戯けにも分かるように簡単にことばの定義を...

侵略戦争:敗戦国の仕掛けた戦争のこと。或いはその戦争によって不利益を被った国が仕掛けた国の戦争に対して呼ぶときに使うことば。どんなに立派な戦争であっても負ければ侵略と言われ、利益を与えられなかった国は必ず侵略戦争と呼ぶ。戦争の善悪とは全く関係のない概念である。同様に戦勝国が駐留する場合は統治と呼び、敗戦国の場合は不法占拠と呼ぶ。

戦争責任:敗戦国が負わなければいけないもの。被害者の数の多寡は責任とは全く関係なく、法的・人道的に正しいかどうかは責任の問題外。それをもしも問うてしまうと、負け戦の少ない(相手のほうが被害が多いと言うことだ)アメリカが世界中で一番重い戦争責任を負わなければいけなくなる。日本だけでも恐らく武器を持たない(竹槍くらいは持ったかもしれないが、あれでB29は落とせない)民間人に対する無差別爆撃(焼夷弾と原爆による空襲)で総数80万人以上が亡くなっている。

永世中立国:自国が巻き込まれない限り戦争が起っても一切どちらにも加担しないと宣言している国。別に恒久平和を誓っているわけではない。日本ではどうもこの辺りを小学生レベルの理解度で、戦争をしない国だと考えているようだが大きな間違い。少なくとも戦争加担を強いられたときに撃退するだけの強力な軍事力を持っている国でないとこういう自分勝手な言い草は成り立たない。サヨク(特に福島瑞穂)は非武装中立と同じように思っているが、永世中立国は間違いなく武装中立をとっている。バチカンを守っているのはスイスの傭兵であり、他に国民皆兵の国はイスラエルだけである。ぶっちゃけスイスが永世中立なのは全てが敵だと考えているに過ぎない。

結論:何でかは知らないが、サヨクはとかく性善説をもとに世の中を見ようとする。そんなの自分たちを見ていれば分かるようにイカサマに過ぎない。平和だ平等だ自由だと勝手に口当たりの良いことばを囃し立て、その能天気な判断を批判することを許さない。ことばの本当の意味を理解しない限り幼児並みの視点で世の中を生きていくことになることにそろそろ気付いて欲しいものだ。

津波警報で避難せず

 択捉沖地震で津波警報が出ているにも関わらず、避難しない人のほうが多かったようだ。その理由が「隣近所も逃げていない」「テレビを見ていても何の変化もない」というのだから、警報を出す意味がないのかもしれない。避難するかどうかは隣近所の顔色を窺うようなものではないし、テレビでで変化が出るようならばもう助からない。つまり逃げない理由が死ぬのを黙って受け入れたいとかいうのなら理解できるが、全く理性的な判断を下さなかった結果が避難しなかったというのだから、もしもの場合清でも文句を言ってはいけないのである。

 警報では2メートルだったので大丈夫と考えたのだろうが、もしも2メートルの津波が家屋に打ち当れば間違いなく倒壊してしまう。波乗りをしようと言うのじゃないのだから、少なくとも海岸近くに住んでいる人はのんきに構えてはいけないのである。

結論:折角情報を提供しても聞く耳(自分で判断するということだ。頷くと言うことではない)を持っていなければ意味がない。こんなことだから、バカな戦争を平気でしてしまうのである。みんなで逃げなければ怖くないって?それってもしかしたら全滅?

転んだよ!!

 選挙のためならなんでもありなのか。自らの考えをどうしてこうも簡単に...それなら最初から郵政民営化に反対しなけりゃ良かったのに。

結論:民主主義なんてこんなものなの

日本の過ち

 一言で言えば人命の軽視に尽きる。国家のための国民と言う考え方は意味がないのに、戦前の日本はそれを平気で行なってきた。そしてそれは日本軍の実体を知っていた英米兵には理解できていたのだ。日本軍の捕虜になった英米兵は”バターン死の行進”が虐待ではなく普通のことであったと理解している。つまり日本軍が自国の兵士に行なっていたことと同じことをしていただけで、捕虜だからそうされたのではないことを実際に見聞きしていたわけである。

 軍備の足りない部分を人手で賄う(牛馬のように兵士を使役すると言うことだ)というのが、日本のやり方であった。そこから学び取ることは、まず人命を考え無謀な作戦を立てないということだ。人命を重視と言うと単に戦争を回避しようと言うサヨクの言い分(戦争忌避)を認めるように聞こえるかもしれないが、それとこれは全く別な次元の話だ。戦争と言うのは兵士の人命を軽く考えるのではなく、いかに人的損害が出ないように決着をつけるかに掛かっている。それを考えることが軍人の役目なのである。

 軍事を”戦争をしたい”と一緒だと考えるようなバカがいる限り日本は軍備など行なってしまってはいけない。そう言う意味では社民党などは、日本に軍事力を持たせてはいけない根本的な癌細胞だろう。ああいう物を考えない政党が与党になってしまうと間違いなく日本は戦争を行なってしまう。戦争の実体を知らないと言うのが一番始末に負えないのだ。まあ、そう考えれば日本中が既に危険なのだが...

結論:実戦経験のない人間は戦争の本質を知らないからとんでもないことを平気で言い出す。今学校で起きているいじめは、実は軍隊のいじめと全く同根だ。日本と言う国は基本的に長いものに巻かれる事なかれ主義で出来ている。そして建前ばかりの行政組織が、それを助長させる。決まり(法律)よりも、みんなの了解(空気)が力を持つからこそ、いじめはない(報告されないと言う意味だ)ことになってしまうのだ。とてもじゃないが、日本は戦争(本当のと言う意味)を出来るようなまともな国ではないのである。

やっと目覚めたの?

 野党共闘を謳ったために選挙で全滅の憂き目に遭った民主党が、防衛庁の省昇格には賛成することにしたようである。これは当たり前の判断。与党になろうと言う政党が福島瑞穂張りの妄想を語っていたのでは、いかなダメ政党である自民党にも敵わないことを理解したようである。

 決議に参加しないと言うことは、その案を無修整で通しましょうと言うのと同義語。なんの修正も加えないで良いと言う空手形を切っただけなのである。それこそ民主主義の何たるかをわきまえない(サヨクに民主主義が分かるわけはないが)バカのやることなのである。政治とは白黒を付けるだけではなく譲歩を得る手段でもあるわけだ。

 軍備にしても無原則な暴走を食い止めるための楔を撃込むことこそ政治にダイナミズム。それがわからないお子様は生徒会委員でも一生やっていれば良いのである。

結論:政治とは数合わせではない。社民党のような基地外(精神障害と言う意味じゃない。たわけと言う意味だ)とつき合っていると同じだと思われるだけなのである。

日教組の非合法活動

 特定のイデオロギーを生徒に押しつけるのは憲法で禁止されているとご大層な理由で、国旗・国歌の強制はおかしいと言う日教組の先生方。まずは自分たちがサヨクイデオロギーを捨ててからこう言う立派な意見を述べてもらいたいものだ。もしも日教組には、政治的なものは存在しないと仰るのであれば、軍備に賛成する人達もいなければおかしいし、靖国に参拝する人がいるのも普通だろう。

 ようするに日教組と言う存在自体が憲法に違反するのは明白。本人たちは信教と言論の自由を盾に取ろうとするだろうが、義務教育は言論と違って好きなことを教えていいと言うものではない。国の検定に則った教科書を認めず、自分たちの考えを押しつけるのが教育だと言うのならばそんなものは要らないのである。

 日教組がやっていることは教育基本法の第8条に抵触するプロパガンダ。それを続けると言うなら明らかに非合法団体なのである。

結論:日教組のやっていることは明らかに、法律に違反した行動である。非合法活動を許したのでは国は持たない。というわけで日教組は解体なのである。

真実と事実 〜第十三条〜

 前回はノモンハンだったわけだが、今回も日本の軍隊に関係した話題を書いてみたい。

統帥権
定説:統帥権とは陸海軍を一般国務から独立した天皇(大元帥として)の大権とし、その発動には陸軍参謀総長・海軍軍令部総長が参与(輔弼)する。陸海軍を司法・行政・立法から独立した第四の権力とした軍隊に関する最高指揮権であり、それを楯にして軍部は暴走し国を戦争へと駆り立てた。実際に戦前の日本はまさにその通りの軍主導体制になっていた。それを止めることは天皇にしか出来なかった(天皇の戦争責任)。
事実1:軍隊の指揮権は天皇にあったが編成権(軍を編成する為の予算の配分)は内閣と国会にあった(国会の承認をもとに国務大臣が天皇を輔弼)
事実2:国会の承認無しに天皇が指揮権を行使することは基本的になかった(天皇が越権行為を行なったのは、二・二六事件の鎮圧命令と、終戦の決断くらいである)。
事実3:統帥権を別立てにした理由は、明治政府(反幕府軍事政権)が、議会や政府に軍の指揮権を持たせると、世論の意向によっては再クーデター(幕府再興)が可能になると恐れていたため、三権と別立てにしたのである。
事実4:編成権を持たない軍は政府から予算を取れなければ戦争は行なえなかった。だからこそ、国会を翼賛体制にして予算をとれるようにしたのである。戦争には非常に金がかかるのである。
事実5:国民(国会や内閣)が支持しない限り天皇には統帥権行使の意志はなかった。
私の視点:大権には、国務(天皇として)と軍務(大元帥として)の二つが存在した。実際に天皇が統帥権に関わる決断をするときには軍服を着用し、国務に関わる場合には平服で御前会議に参加したと言うことである。二・二六の時には軍服で指示を出し、終戦の時には平服であった。つまり終戦の決断は大元帥としてではなく天皇として行なったということである。それと戦前は軍部による独断専行のように一般に考えられているが、大政翼賛体制に入るまでは予算そのものを握っている国務に逆らって軍事行動を行なうことは不可能だった。戦争が拡大した理由は、臨時軍事費を国会が認めた所為なのである。予算を付けなければそもそも戦争の準備など出来なかったのだ。今だって法律上で核武装を認めたって、一銭も予算を割り当てなければ核兵器を作ることはできない(まさに架空兵器だ)。実は軍隊が一番恐れることは軍事予算を削減されることなのである。

結論:日本が戦争に負けた本当の理由は、軍事予算を認めたことと軍事予算を出し渋ったことである。どういうことかといえば、始めから予算を認めなければ戦争をすることが出来ないので戦争に負けることはないと言うことと、十分な予算を付けなかった為にきちんとした作戦を立てられず(明確な戦略も持っていないのに作戦と言うのもおかしな話だが)短期間で決着を付けることが出来なかったということだ。ノモンハンにしてもやるであれば、ソ連軍と同規模の大軍を編成して一気に叩かなければ意味がない。そこで得られる教訓は「10分の1でも互角に戦える」ではなく、「同数ならば圧勝できる」でなければいけない。日本が第二次大戦に負けた本当の理由ははチビチビとしか金を出さなかった事に尽きる。十分な軍備を与えずに作戦を強行するから精神主義で私物命令を出す参謀(辻正信がその代表)を許してしまい、戦死者の大半が、餓死・病気・自決(切り込み突撃)という戦闘以外のほうが多いと言う歪な戦争にしてしまったのだ。戦争をしたくなければ予算(臨軍費)は出さない。出すのならば十分に出すのが勝つ為の鉄則なのだ。先の大戦を100年戦争などと名付けてチビチビ金を使おうとしたようだが、考えてみて欲しい100年も続く国が多くないことを(日本の仮想敵国だったソ連は既に無いし、中華民国は中国を追い出された)...

金曜日, 11月 24, 2006

療養中に陸上大会で優勝

 精神的な不調から半年間の病気療養中に陸上大会に出て優勝してしまったということで塩尻市の男性職員が社会通念上好ましくないと口頭注意を受けたと言うのがマスコミで叩かれているようだ。本人曰く「自宅にいると気が滅入った(外を走らなければならなかったと言う意味だろう)」とのこと。

結論:きっと外を走っていないといけない病気だったのだ。いっそのことその病気を悪化させて走り続けた方が日本のためになるかもしれない(オリンピックに出るとか)。塩尻市は口頭注意ではなく追放にするべきだろう。

何で日本は失敗したのか?

 戦前の日本の戦略(軍事による拡大戦略)は、何故綻びたのあろうか。これは間違いなく戦う相手を間違えたことに尽きる。こういうとアメリカを相手にしたのが悪かったと短絡的に考える人がいるかも知れないが、それは後の話であって、そもそも支那を相手にしたのが間違いだったのである。この当り勝海舟はさすがに見通していたようで、支那を相手にしてはいけないと日清戦争の時代に語っている。

 当時支那は清という名前であったが、実体は統一国家ではなかった。統一国家であれば戦争の決着が付けられるが、支那のように内部が多くの軍閥(要するに地方毎の山賊だ)に別れている場合、中央が負けを認めてもそれで戦争が終わることはない。実際は人民が好き勝手にやっている国(純粋な国ではない)はヤクザと同じでどこかを潰せば、その他が力を付けるだけでキリがないだけだ。これは同じ事大主義の朝鮮にも言えることで、統治されている振りをしているだけで実際には恭順する気のないものを統治しようと言うこと自体が間違いだったのだ。

 どういうことかと言えば支那の統治者を見てみればいい。中国4千年の歴史などと言うが、統治者が漢民族の統一国家であった時代はそんなに多くなく、秦以前、隋・唐以前、宋以前は日本が支那を相手にしていた軍閥が割拠していた時代と同じで国中が分裂していた。大将の首を取って戦が終わらないからこそ、ロシアと戦うのは良いが中国を相手にしては絶対に勝てないと喝破していた石原莞爾も隻眼だった。

結論:日本人は2千年近く(実際は1300年ぐらいだろうか)統一国家を続けてきたために、支那や朝鮮にも自分たちの考え方が通用すると勘違いをしていた。それが第二次世界大戦に突入してしまう原因だったのである。戦争とは国がどうなろうと知った事ではない連中を相手にはしてはいけないと言うことなのだ。それなのに日本は国民がどうなろうと知ったことではない連中が戦争をしたのだから、勝てるわけはなかったのである。

一事が万事

 女子生徒が校内で飛び降り自殺をしたその日に教育委員会が、新旧委員交代の歓送迎会を行なっていたことが明るみになった。自分たちの歓送迎会の方が人の生き死によりも大切だと言うことを白日の下に曝してくれた勇気には感服するばかりである。もちろん参加した新教育委員はこれで送別される側に回ったのだろうが...

 どうして役人と言うのはこうまで無神経なのだろう。判断が甘かったと反省していると言うが反省すれば良いのなら警察なんて要らないのだ。まあ警察も反省しない組織だが...反省は良いから刑務所に行きなさい。

結論:役人には当事者意識が皆無だ。こんな奴らに道州制を任せたらもっと酷いことになってしまう。悪いことは言わない。早く幕藩体制に戻すべきだ。

前代未聞

 中川昭一(飲んだくれ)政調会長の核議論は民主主義に則っているが、もう一方の中川(ノータリンのヤクザ)幹事長の郵政民営化反対議員の復党論議は、江戸時代の切支丹迫害なみに非民主的だ。

 はっきり言ってそんな党に復党すると言う事自体が民主主義(民主主義と言うことばの意味が選挙に勝つと言うことならばそれでもいいのだが、世界的に認められる定義ではないだろう)の否定になってしまう。それを迫るとはまさに小泉以上に頭がどうかしているとしかいえない。意見が合わないから出て行けと言うのはあまりにも酷いが、転んだら戻れるよと言うのはそれ以下である。

 常識がある連中ならば自民党を出るのが筋じゃないだろうか。今の自民党(幹事長だけと言うことはないだろう?)は、まるで公明党だ。本来自民党は、”酸いも甘いも”分かった政治のプロの寄り合い所帯。社民党みたいな大人げの無いことを言わないところだったはずだ。それがこの体たらく。日本は北朝鮮よりも先に終わりそうである。

結論:幹事長も中川昭一にやってもらう方がいくらかましだと思う。

タウンミーティングはやらせ?

 タウンミーティングはやらせだと騒いでいる連(サヨク)がいるが、それならプロ市民が市民だと言い張るのはやめて欲しい。あんなものが市民ならば、それ以外は穢多・非人なのだろうか?

 少なくとも働きもせずに市民運動(学生運動と同じ意味)できるということは、どこからか金が出ていることは間違いない。そんな奴らの声がお約束(ヤラセ)でないなどとどうして言えるのだろう。少なくとも市上の人がみんな、あんな偏った考えを持っているとは到底思えないのである。

結論:政府のヤラセを批判するなら、それで喰っている連中の事をマスコミは書くべきだ。それをしないから、同和や在日や宗教団体やサヨクがやりたいようにできる社会になっているのじゃないだろうか。テロリスト(重信房子)の娘(メイ)を平気でテレビに出すような国はおかしいぞ。ヤラセを批判するのなら、虚報を批判するのが筋なんじゃないの。

日本国憲法は安保が前提の欠陥憲法

 無理難題を言うのはバカと基地外と幼児の特権であるが、日本の野党はきっとそのうちのどれかなのだろう。大体日本国憲法を平和憲法だと言うがそれは事実誤認である。なぜかと言えばそもそも捉え方に間違いがあるからだ。その当り旧社会党の連中は全く分かっていない(実は日本国憲法制定時に共産党や社会党は真っ向から反対していたので、この時には与党以上に憲法の欠陥を理解していたのかもしれない)。日本国憲法とは、世界中が平和な時にしか成り立たないという意味において「平和憲法」なのである。

 この辺りは、憲法を押しつけたアメリカ(リベラルと言う共産主義者が作成)も先刻承知で、枢軸国であるドイツと日本がいなくなれば戦争が起きないと言う前提で日本の飲ませた憲法だったのだ。ところが、日本とドイツという重しの無くなったソ連はことあるごとにアメリカに刃向かい、守ってやったつもりだった中華民国は共産軍に打ち負かされてしまった。そればかりか日本からの独立を勝ち取った朝鮮は、まとまるどころか結局もとのどうしようもない国家に戻ってしまい傀儡国家として分裂してしまったのだ。

 戦争が経済と密接につながっているアメリカはどこかに諍いがあることが国の繁栄に繋がる(アメリカは第一次世界大戦で味を占めた)かもしれないが、多くの国はそんなことはない。それに気付かない国が多くの戦争に巻き込まれたというのが第二次世界大戦だったのではないだろうか。その結果生み出されたのが日本国憲法だ。平和な世界が前提の欠陥憲法はアメリカの傘の下で平和を享受するという仕組みの中で機能したことを全く考えていない。それが野党の現状だ。

結論:安保が無くなれば平和でなくなる。平和でなければ憲法が成り立たないのが実体なのに。憲法があるから平和。安保があるから平和じゃなくなるという論法を使うとは、さすがにネジの切れている奴は一味違うのである。

祝:トヨタ三連覇

 トヨタのリコール率(故障率じゃないぞ)が3年連続で出荷台数を上回る前人未到の記録を達成した。

結論:トヨタの欠陥商品は筋金入りの本物である。

真実と事実 〜第十二章〜

 今回は前回に引き続き日本の戦争に関する話を書いてみたい。実は私の大好きな辻正信(未だに死が不確定)という軍人が絡んでいるので、本当はもっとけちょんけちょんにしたいところなのだが、ここでは事実を書かなければいけないので公平に書いてみたい。

ノモンハン事件
定説:モンゴルと満州の国境線を巡って発生した軍事衝突。主力は帝国陸軍とソ連軍であったが、三次の戦闘においてソ連軍の機械化部隊を前に帝国陸軍が大敗を決した。ソ連軍の1万弱に対し、日本軍は5万5千の犠牲を出した。
事実1:ソ連軍の総戦力に20万に対し、関東軍は2万3千弱(10倍の敵と交戦)
事実2:ソ連軍の死者総数は実際には2万6千、関東軍は1万8千弱(ロシア公文書)と損害はソ連のほうが大きかった。関東軍の損耗率79%でこれは全滅と同じであり、わずか10数パーセントソ連に勝ったなどと言ってはいけない
事実3:ソ連戦車はドイツ戦車と違い装甲が薄く関東軍の中戦車、軽戦車で十分通用した。被害はソ連軍の方が大きかった。
事実4:航空戦力も日本のほうが優れていたため、ソ連の失った航空戦力の方が数量は上回っていた。
事実5:10倍の戦力を相手に関東軍は五分五分の闘いであった
事実6:この関東軍の戦いぶりを見て、ソ連はヒットラーに停戦の仲介を依頼。増援部隊の集結を得て、反撃に転じる予定だった関東軍は停戦に応じた
私の視点:10倍の敵を相手にして五分五分の闘いをできたということは善戦であったし、上出来だという考えを持つバカが世の中には結構いる。敵の数が10倍になることを予想もせずに戦うというのは軍人のやることではない。この作戦を立てたのがただの跳ねっ返りに過ぎない辻正信だというのは歴史的事実だ。本人は俺は石原莞爾以上だと考えていたのだろうが、闘いとは損害を最小限にして戦果を最大にしなければ意味がないことを分かっていないのだから、こんな奴をのさばらせた関東軍にはバカしかいなかったのである。10倍の敵を相手にして勝ったのならばまだ多少は救われる(それでも死んだ人間が帰ってくるわけではない)が、この戦い方が結局日本軍の戦い方になってしまったのだから、その責任は非常に重いだろう。

結論:総力が劣る戦力では戦闘を行なってはいけない。情報も持たない相手とは戦ってはいけない。これらは当たり前のことであり、日露戦までの日本は自軍の戦力の貧弱さを知っていたために、十分な情報を集め、戦闘に入る前に終戦の工作を開始する賢明さが合ったが、満州事変以降の日本軍は、奇跡を実力と勘違いし事大主義(コンプレックスの裏返し)に陥って結局自滅したのである。言いたくはないが戦争とは英米のように冷徹じゃなければしてはいけないのである。

原因は鳥インフルエンザ?

 鳥インフルエンザが原因で韓国の鶏肉の輸入が停止されたらしいが、韓国の政府要人は狂犬病を発病しているが、あれは放っておいていいのだろうか。

結論:発症しているということはもう治らないんだったな。合掌。

統一相は盧武鉉以上(異常の間違いか?)

 私は日頃から非常識なことを事実として論を進めるという悪い癖(天の邪鬼とも言う)が、合って反省している(良い死に方はできないという意味だ)のだが、韓国新統一相の発言には目から鱗だけでなく、顎が外れてしまうくらいに感動した。

曰く、「朝鮮戦争が北の侵略戦争だったかどうか言えない」
曰く、「北による外国人拉致など事実かどうかは判断できない」
曰く、「スパイ事件やドル偽造、麻薬密売など北朝鮮による国際的な不法行為が拡散しているが」との質問に対しては「確証がない」
曰く、国際手配したキム・ミョンスクや辛光洙容疑者(韓国政府が北に送還)について韓明淑首相は国会答弁で「(そんな人物は)知らない」(さすがに個人的な友人ではないらしい)
曰く、「北はともに統一すべき相手であり、わが国の内部体制を批判することと北を批判することは違う」

 文脈から判断する限り、同じ血の流れている民族は統一されなければいけないという前提意外は全て、どうでも良い問題だと考えているようなのだ。しかし、そこまで言うのであればルーツが同根である、満州や日本(一部ではあるが)も同じ民族として手放しで統一するべきだというもう一歩突き抜けた発言をしてくれればと考えるのは私だけだろうか。

結論:台湾は同族とはいえないので、台湾抜きでもう一度一緒になりませんか。結構凄い国になりますよ。

盧武鉉の言うことだから

 韓国(南朝鮮)の大統領が、朝鮮戦争は「内戦」だったと言ったために世論の批判を一身に浴びて、男冥利に尽きる状態になっているようだ。どうして韓国民はこうも物事に寛大になれないのだろう。たかが基地外の妄言。相手にしてしまってはかわいそうである。それとも、韓国の人達はあの大統領をまともだとでも考えていたのだろうか。だとすれば韓国民そのものが基地外だということになってしまう。

 日本がポツダム宣言を受諾するまでは確かにあそこは一つの国(日本という)だった。その中で戦争をしたと言う前提に立てば、まさに「内戦」であるが、如何せん当時日本領ではない国が二つに別れていたことは歴史上の事実。どちらも米ソ中の傀儡(これは事実だ)だったわけで、冷静に考えれば、「内戦」ではなく「代理戦争」だったように思えるのだが...

 そうしてそんなことを言うかといえば、当時朝鮮という国は自力で戦争をできるような国としての機能を、北も南も持っていなかったからである。そんな体たらくだったから、日本に併合されたという事実を結局一度も理解していなかった事大主主義の国だったのだ。

結論:(口減らしの)出稼ぎや徴用(日本人としての戦争協力)を拉致と言う国が何を言ったって気にしてはいけないのである。基準が常識外れなのだから。

水曜日, 11月 22, 2006

朝日から社会部が無くなる

 12月1日に朝日新聞の部署から社会部という名前がなくなり社会グループと変更になるらしい。前々から”うちに社会部なんかいらない”(箱島前社長)というよくわからない意見があったらしいのだが、どうせ朝日など読みはしないのだからそれでいいのならば好きにすれば良い。

結論:いっそのこと”社民部”とか”民主主義人民共和部”にしたらどうだろう。

真実と事実 〜第十一章〜

 今回は日本の軍隊に関する話題をお送りしたい。

バターン死の行進
定説:フィリピンにおけるアメリカ捕虜に対する虐殺行為
事実1:バターン半島を攻略した時には多くの病人を含む、8万人の捕虜(日本軍よりも数が多かった)がいたが、コレヒドール攻略が残っている日本軍は捕虜を移動させる必要があったが、全員を移動させるための手段を持っていなかったため、徒歩による移動(手ぶら)を強いなければならなかった。もちろん日本軍も徒歩(背嚢を背負う)であったが、マラリアに罹ってている捕虜の多くが命を落とした。
事実2:日本軍と違いアメリカ軍は徒歩行軍になれていなかった
事実3:日本はフィリピンを農業国(食料のある国)と認識していたが、フィリピンの農作物はマニラ麻が中心で食料は日本占領以前から輸入に頼っていた
事実4:フィリピンでの日本軍の戦死者の3分の1は餓死であった
私の視点:日本軍は8万にも及ぶ捕虜に対処する方法を持っていなかったため多くの犠牲者を出す結果になってしまったが、どうせ戦犯として死刑にされるくらいならば、辻正信(基地外参謀)の私物命令に従って全捕虜を射殺してしまえば良かったのかもしれない。

日露戦争
事実1:日本はロシアを相手に戦争を行ったが戦闘地域はロシア領内ではない
事実2:日本は戦闘と戦争の違いを理解していなかった
事実3:対ロシア戦には勝った(武力制圧)が、軍事的占領を行ったわけではない
私の視点:日本は武力制圧と軍事占領を同一のものと勘違いしているが、占領をするための戦略を全く持っていなかった。条約で領有を許された台湾や朝鮮と太平洋戦争時のフィリピンやインドシナを同一視したため、日本軍は結局アメリカに負けることになったのである。

乃木希典

定説:日露戦争でロシア軍を破った英雄(聖将)と同時に無能の軍人と言われている
事実1:日清戦争で1日で旅順を落としたときと同じ感覚で攻撃したため損害が拡大
事実2:乃木希典に軍事的才能が無いことは明らか
事実3:日本軍の初期の山砲、野砲の火力が非力であった。10万発撃込んで要塞を落とせなかった
事実4:バカの一つ覚えの突撃攻撃を加えた(戦死者2個師団分以上)
私の視点:確かに乃木希典は総大将の器ではなかったが、それを理解していなかった軍に全責任がある。ロシア軍の旅順要塞の情報も持たずに攻撃をかけたのも何も戦略を立てていなかった証である。これは乃木一人の責任ではなく。帝国陸軍の体質がそう言うものだったからだろう。

東郷平八郎
定説:日露戦争でロシア軍を破った英雄(聖将)であり世界三大提督の一人
事実:晩年は軽い認知症を発し、軍縮会議などに反対し、艦隊派による軍令軍政への干渉を許す原因となり、それがその後の帝国海軍の暴走(日米開戦)への原因となってしまった。
私の視点:あまりに偉大であったことと、引き際を誤ったことによって日本を無謀な戦争へと引き込んでしまった責任を負わなければいけないのだろう。

山本五十六
定説:連合艦隊司令長官として活躍。日米開戦には反対していた。
事実1:軍政の専門家で実践指揮が専門の軍人ではなかった。
事実2:右翼による暗殺を危惧して海軍中央からの非難人事で連合艦隊へ移動
事実3:海軍大臣に移動する間も無く真珠湾攻撃になり、奇襲に成功したため名司令長官として現場を外れることができなくなってしまった。
事実4:軍政には明るいが人事には暗いため(信賞必罰を行なえなかった)に、適材適所に人材を登用することができなかった。
私の視点:陰謀史観に立てばフリー・メーソンだったとか、戦死しなかったとかいろいろいえるかもしれないが、事実からわかることは山本は海軍にあって政治を行なっていた人であって、軍人ではなかったということである。それが一番不向きな実践において戦果を挙げたために身動きが取れなくなってしまったというのが実体であろう。

日米開戦
定説:日本はアメリカと戦うべく十分な準備を整えていた
事実1:日米開戦後も帝国陸軍の装備、教育は対ソ戦に対する準備しかしていなかった。
事実2:アメリカに対する情報を持たず、占領地域の情報さえも持っていなかった。 事実3:アメリカの戦力を全く知らなかったし、知ろうともしなかった
事実4:日本軍の戦力は机上と実体とが大きく乖離していた
事実5:大和が活躍できなかった一番の理由は燃料が確保できなかったからである。
事実6:大和の主砲は各砲200発でスクラップになる運命だった(合計で311発しか撃っていない)
私の視点:まぐれでうまくいった作戦(アメリカによるヤラセ?)を実力と勘違いしたため、兵站、戦力、戦略など全く考慮せずに戦争を行ったことは明らかである。戦闘では非力な武器ながら善戦したようであるが、兵站を軽視したため多くの兵士を餓死と病気(マラリアなどの伝染病)で失ったのである。

員数合わせの例
帳簿上:山砲4門、弾薬2万発
実体:山砲4門(内3門故障:修理不能)、弾薬2万発(内使用不能山砲用1万5千、残り砲弾は徹甲弾:戦車や船舶用)が300キロ後方に大量備蓄、弾薬の移動手段は車両不足(ガソリンの欠如)で人力による搬送。
記録上:山砲による徹底的な地上攻撃を行ない壊滅
実体2:徹甲弾による攻撃でジャングルを砲撃。敵の損害は軽微(地面に徹甲弾を撃込んでも意味がない)で、敵に位置を知られた山砲は爆撃により完全に破壊される

結論:日本には戦争を冷徹な計算の基に行なうという伝統がなかったことが全ての原因である。その上、事大主義、本音(実体)と建前(員数)の使い分けを行なったため、大本営の発表がウソだったというよりも大本営そのものが正しい情報を持っていなかったという盲状態で戦争を行なっていたというのが実体なのである。日本軍には撤退=負けという単純な図式しかなかったが、アメリカには撤退=被害を減らすことという図式だった。日本軍はアメリカが撤退すると”勝った勝った”と喜び、その後爆撃や艦砲射撃で全滅というパターンで戦争に負けたのである。もう二度とこんなバカな戦争はして欲しくないのだ。

月曜日, 11月 20, 2006

真実と事実 〜第十章〜

 今回は小ネタで。

アフガニスタン侵攻
定説:タリバンがアルカイダ(ビン・ラディン)を匿っていたから(司馬史観?)
事実1:アルカイダはソ連のアフガン侵攻に対抗するためにアメリカによって作られたゲリラ部隊(ムジャヒディン)であった
事実2:タリバンが信じていたのは本当のイスラム教ではない(パシュトゥン人の掟)
事実3:タリバンがアメリカメジャーによる石油パイプラインを認めなかった(中央アジアの石油利権にありつけない)

イラク侵攻
定説:イラクがアルカイダなどのテロ組織を支援していたから(司馬史観?)
事実1:既述したように原油決済通貨をユーロに変更した(アメリカにとっては間違いなく破壊兵器に違いない)
事実2:ユーロ通貨国であるドイツやフランスはイラク制裁を批判(ユーロ変更を吹っかけたのはシラク大統領?)
事実3:攻撃の主導をとった英国もアメリカも非ユーロ国家(両者とも元々基軸通貨国)
私の視点:アメリカという国は自国に利益になれば独裁であろうが、原理主義であろうが応援する国である。まあそう言うことだ。

司馬遼太郎
定説:司馬史観といってもいい歴史観は万人の認めるところである
事実1:司馬史観には通俗的な物語しかなく、歴史的事実とはいえないものが多い
事実2:負けた戦争のことを書かなかった(強い日本が好きなだけ)
私の視点:司馬遼太郎の歴史小説は、山田風太郎の忍法帖と変わらない単なる大衆小説に過ぎない。何故か彼を歴史小説の大家などと持ち上げるバカがいたために、司馬遼太郎の書くものが事実だと誤認する連中が出来てしまっただけなのだ。彼が集めた資料は自分の思いに適うものだけで歴史的事実を既述している物ばかりだったとはいえない。司馬が大嫌いな”ノモンハン事件”なども辻正信のようなバカが指揮しなければ関東軍は恐らくソ連軍を破っていたに違いない。司馬遼太郎には歴史の中の真実(裏)を読み取れるような能力がなかった(幼稚とも言う)のである。

結論:深読みをしない人の話は単純なので、ドラマや映画で題材として取り上げられる。そして人気が出ることによってその浅い知識が本物と勘違いされてしまう。何れは深読みできない人達を大量に生産するようになってしまう(総白痴化)。これは、日本にとって不利益意外の何物でもない。

ゲームが売れないPS3

 出荷台数が足りないので取りあえず品不足を演出(生産計画の失敗とも言う)が、功を奏するはずだったPS3は同時発売のゲームがちっとも売れない(面白いゲームがないのかもしれないが、要するに安くブルーレイを手に入れようというのか、ネットでの転売目的の連中が買ったに過ぎないということなのだろう。同様に品薄(年内に手に入れることは不可能?)な、Wiiとは対照的な展開になることは予想通り(PS3人気は既に陰りを見せているとさえ言われている)といえる。

 PS2互換のはずのゲームで音声が出ないとか、プレイできないという問題が既に発生しているが、その対処にも既に躓いているようである(初期の段階で互換に問題が起るのは仕方がないが、仕方がないと思うのはユーザーの方であってメーカーがそう言ってしまったのでは話にならない)。どうしてSONYはこのように自らを貶めるような対応しかできないのだろう。バッテリーの問題がまだ解決もしていないこの時期にこんな対応をしていたのでは、マスコミが面白がってSONYを叩いているというSONYフリークの声も空しいばかりである。

結論:SONYはPS3をゲーム機として売りたいのだろうが、ユーザーはPS3をゲームとは見ていないということである。ゲームソフトも売れないでどうやって儲けるつもりなんだろう。前々から書いているようにソフトで儲ける時代は20世紀で終わったのである。そのビジネスモデルにしがみついていると本当に自滅するぞ。

真実と事実 〜第九章〜

 さすがに今ではお笑い草だが戦中の100人斬りを信じていた人達が世の中人はいたのが(未だに信じている本田勝一というサヨクのボケ老人がいたりするが)、その話に科学的な根拠は一切ない。それなのに情緒的反応として100人は無理だろうが、何人かは斬っただろうという思いが日本人には存在する。何でそんな風に思い込んでいるかといえば、日本刀が人を斬る道具として世界で一番だと思い込んでいるからである(恐らく武士の魂→神話)。

この辺りを詳しく著述した山本七平氏の著作を漸く読むことができ今回のネタにさせてもらった次第である。

日本刀神話
定説:世界中で一番優れた刀(武器)である(兵隊を100人も斬れる→本当なら凄い)
事実1:人を斬ると間違いなく刃が曲がってしまう(右利きなら左に曲がる)位に日本刀は柔らかい(ということは滅多に折れはしない)
事実2:剣道の面や胴は引き切る動きではなく叩く動きだが、日本刀の反りでは叩いて斬ることはできない(竹刀しか持ったことがない人間に真剣は扱えない)。つまり日本刀は元々斬る道具ではない
事実3:日本刀は炭素鋼ではないので鉄を斬ることはできない(鉄兜ごと真っ向幹竹割は物理的にありえない)
事実4:血が付着したら研ぎが必要である(ヒゲが剃れるほどに研ぎ澄まされた刃はすぐに腐食してしまう)
事実5:日本刀の刃は鉛の弾なら斬ることが出きる(固定して刃に垂直に弾丸を発射すればと言う条件が付くが)
事実6:真剣を実践で使う時には刃の研ぎを変えていた(通常の研ぎのまま使うと相手よりも自分がケガをしてしまう)。実践で使うなら全ての刃を落としても殺傷能力に違いはない(優れてるという意味ではなくそれ位刃に意味がないということである)
事実7:剣道のように斬った場合には、鍔と柄が一発でガタガタになり修理が必要(日本刀は武士の装飾品であったということだ)
私の見解:以上のような物理的事実を理解できれば、日本刀が戦闘用道具でなかったことは明らかである。恐らくその役目は護身と敵のとどめをさすだけであり、白兵戦では無用の長物だったはずである。昔から刀のことを”武士の魂”というが、まさに言葉の通りで刀は魂のような”象徴”で”実用品”ではなかったのだ。人を殺す目的であれば日本刀よりは合い口などの短刀のほうが実用的だ。さらに単純に人を殺すのが目的であればナタやスコップなどのほうが優れている。つまり日本刀は、短刀やナタなどの本当の殺人道具を持った人間が至近距離(殺傷可能範囲)に近づけないように振り回すか、槍の先を払うための道具であって、人を殺すものではなかったのだ。現代で言えばスタンガン(スタンガンでも死ぬことはある)のようなな護身具だったのだ。武士が二本差しだった理由も恐らく長太刀で相手の攻撃を防いで、脇差で相手を刺す(斬るのではない)ためだったのだろう。
日本刀の実践的な使い方:相手と間合いを十分に取り、刀の切っ先が相手の表皮を切り裂くように、手(手を守るために鍔はある)や顔など衣服に隠れていない部分を狙い、出血による攻撃力の低下を第一段階とする(間違っても胴等に切り込んではいけない。刀が曲がってしまうのだ)。
相手の動きが悪くなってきたら、頭頂部や腕や肩等を峰打で強打し攻撃力を完全に奪う。これが第二段階だ。
そして刀の切っ先を相手のみぞおちに深く突き入れ絶命させる。この段階でも胴は斬るのではなく刺すのである、刀は振り回して斬れる道具ではないのだ。
最後に頚椎の隙間部分に刀の中心部を当て切っ先は地面に突き刃の峰の部分に足を乗せ梃子の応用で首をそぎ落とすのである。間違っても刀を振り回して首を斬ろうなどとしてはいけない。まぐれで首が落ちる前に何本もの刀を無駄にしてしまうのである。
いかがだろう、本当に日本刀で人を殺すというのはチャンバラのような爽快感は微塵もない。まさに陰湿な道具になってしまう。これは日本刀が本来殺傷武器としては欠陥品だったからなのである。

結論:日本刀は日本人が考えているように人を斬って殺すための武器ではなかったとのである。山本七平氏が喝破しているのだが、人に対して一振りするだけで刃が曲がってしまう日本刀の欠陥を証言していない100人斬り競争の二人は一人も斬ったことさえなかったのではないだろうか。もしも戦争に行って人を殺すつもりならば、家宝の日本刀ではなく折り畳みのスコップを持参することをお勧めする。こいつなら叩いても、突いても、繰り回しても確実に何人かは殺せるのである(100人は難しいかもしれないが)。日本刀で殺せるのは豆腐の角で死んじゃうくらいに頭の柔らかい本田勝一や福島瑞穂みたいなバカだけなのである。

金曜日, 11月 17, 2006

真実と事実 〜第八章〜

 よく民主党はリベラルだから良いという意見を聞く。確かに歴代の大統領なかで人気のある大統領は民主党の方が多いだろう。それに数多くの立派な業績を上げている大統領も民主党の方が多いような気がする。さて今回はその辺りを書いてみたい。

F.R.ルーズベルト
真実:ニューディール政策によってアメリカを大恐慌から救った偉大な大統領
事実1:改宗ユダヤ人の資産家の一族である(セオドア・ルーズベルトは叔父)。それが悪いとは言わないが、最近まで隠されていたことも事実だ。
事実2:公共事業(ニューディール)の失敗を戦争で取り返した
事実3:ルーベルト家は父の代から中国に利権を持っていた
事実4:アメリカも満州に進出したかった
事実5:日本を太平洋戦争に引き込んだ大統領(アメリカ戦死者30万人、日本人戦死者230万人:その多くは餓死・病死)

H.トルーマン
真実:第二次世界大戦を終わらせた大統領
事実1:共和党や軍の反対を押しきって、日本に原爆を投下した差別主義者
事実2:投下は2発だけであったが計画は18発だった
事実3:朝鮮戦争を始めた(アメリカ戦死者6万3千人)
私の視点:いじめられっ子ほど、いじめっ子になるという典型である。マッチョな奴ほど意気地無しなのだ。


J.F.ケネディ
真実:国内政策は鉄鋼業界によるカルテルとの対決、人種差別問題への介入、そしてマフィアとの対決。国際政治はキューバ危機後の軍縮への努力である
事実1:ケネディ家は禁酒法時代からマフィアとつき合ってきた
事実2:アメリカが唯一負けたベトナム戦争のきっかけを作ってしまった
事実3:オズワルドはFBIとCIAのエージェントだった(本当か?)
私の視点:誰が犯人かは永久に不明かも知れないが、CIA、FBI、マフィアと軍産複合体を相手に意地を通そうとしたのだから殺されたのも仕方がないか(アメリカはそう言う国である)

L.ジョンソン
真実:ベトナム紛争をベトナム戦争にしてしまった
事実1:ベトナムを泥沼化させた(アメリカ戦死者5万8千人)
私の視点:真実と事実が同じだという稀な例

結論:日本人はおめでたいので、リベラルを理想主義だと考えるようだが、リベラルの実体はただの空想主義に過ぎない。やっていることはオシャレな原理主義で、自分勝手(自由主義)な連中だということだ。戦後の日本は相当リベラルになったので、民主党の方(例えばヒラリー)が良いように思われている。でもそれは大きな勘違いなのだ。ブッシュ親子は別にして共和党の大統領は戦争を始めるのではなく終わらせる役目を負っているのである。民主党は平和と正義のために平気で戦争をするのである。

日本人のイデオロギー嫌い

 日本人は昔から無宗教だと言われているが、正しくは無節操だと言ったほうが良いのかもしれない。そう言われると日本人をバカにするなと思われるかもしれないが、実は私は日本人の無節操は、神道的な心に行き着く素晴らしい文化だと言いたいのだ。ようするに無節操というのは自分たちに利益をもたらすものであれば受け入れるし、そうでなければ受け入れない。さらにそうでなくなればなかったことにするという、まさに実利的な臨機応変さこそ日本人の美徳なのである。だからこそ日本人はイデオローグは通用しない。どんなに立派なことを言っていても実体が伴わないものは日本人は一切信用しないのである。

 日本で、仏教も儒教もキリスト教もイスラムも全く力を持ち得ない第一の理由は、それぞれが一つのイデオロギーだからだ。イデオロギーは別のイデオロギーを認めない。それでは、何でも利用できるものを利用する日本人には通用しないのだ。これは宗教だけに限った話ではない。広い意味で自由経済や民主主義、共産主義、平和主義もそうなのだ。主義主張の中の役になる部分を利用し、そうでないものは見なかったこと、ないことにする。それが日本人の姿と知恵(浅知恵かもしれないが)なのだ。

結論:日本でイデオロギーにとらわれている連中は、非日本人なのである。日本のイデオロギスト達は、自分を肯定するためにイデオロギーの都合の良い部分を利用するが、それは二重の意味で日本人に対する裏切り行為であることをそろそろ悟って欲しいものだ(昔から、バカは死んでも直らないと言うけどね)。

強行採決

 民主主義社会において議論を尽くさないというのは、まさに民主主義の放棄にほかならない。審議に出てこない野党はもちろんだが、多数を押えていることを楯にして強行採決をする自民党の全く同じ部類だ。もしこれがまかり通るのならば、既に衆参両院で過半数を自民が押えている現在、国会など必要ないことになってしまう。これでは、翼賛政治が行われていた戦中よりも酷い(翼賛体制の時代でも尾崎行雄や田川大吉郎は翼賛を国会の場において批判した)状態とさえいえる。

結論:死人は出てはいないが民主主義は死んでしまった。野党はこれで憲法を守っていると言うのだから開いた口が塞がらない。

木曜日, 11月 16, 2006

国連教信者

 ここでは、何度も取り上げているのでまたかいなと思われるかもしれないが、世の中にはスイス信者(スイスが平和の象徴)がいる、彼らに共通しているのはバカだということだ。そもそも永世中立(どこにも加勢しないだけ)=戦争放棄(戦争はしない)だと考えていたり、逆に連合国=国連だと知らなかったりする。そう言う人達はスイスも国連も平和団体の一種だと思い込んでいるのだ。日本もドイツも連合国(国連)に加盟しているが未だに敵国条項は消えていない。

第53条〔強制行動〕
安全保障理事会は、その権威の下における強制行動のために、適当な場合には、前記の地域的取極又は地域的機関を利用する。但し、いかなる強制行動も、安全保障理事会の許可がなければ、地域的取極に基いて又は地域的機関によってとられてはならない。もっとも、本条2に定める敵国のいずれかに対する措置で、第107条に従って規定されるもの又はこの敵国における侵略政策の再現に備える地域的取極において規定されるものは、関係政府の要請に基いてこの機構がこの敵国による新たな侵略を防止する責任を負うときまで例外とする。
本条1で用いる敵国という語は、第二次世界戦争中にこの憲章のいずれかの署名国の敵国であつた国に適用される(この時に連合国と戦っていたのは日本とドイツだけで同じ枢軸国であったイタリアはこの段階では連合国の軍門に降っていた)。

第107条〔敵国に関する行動〕
この憲章のいかなる規定も、第二次世界戦争中にこの憲章の署名国の敵であった国に関する行動でその行動について責任を有する政府がこの戦争の結果としてとり又は許可したものを無効にし、又は排除するものではない。(逆らったら好きにしていいし、邪魔はしないよということ)

 この53条が無くならない限り、日本やドイツがいくら連合国のために尽くしても、連合国に逆らったら(法律を遵守すれば第三国を責めても大丈夫なようだ)、戦争を仕掛けられても文句は言えないことになる。折角第52条で自衛権を認められているのに、日本は憲法によってそれを否定しているためても足も出せないのである。

結論:これでもバカには日本国憲法や国連は有り難いのだろうか。私にとっては日本が常任理事国だった国際連盟のほうがよっぽど有り難いのである。

公務員には信賞必罰の徹底を

 日本では公務員とはどうやら国(や地方自治体)に守られている人達のことを意味するらしい。要するに何をやっても民間人のようには責任を取る必要がないということだ。殺しまでやってしまえばさすがに民間人との差はないのだろうが、できるならばより重い量刑を科すのが当然だろう。しかし実状は、全く逆であり民間であれば解雇になるような事案でも訓告ぐらいで済んでしまいかねない有り様なのだ。こんなことで、公僕としての役目を果たせるわけがないのは分かり切ったことだ。

 明治から続く官僚制度が戦争の責任をとらなっかた事にも繋がっている。もしかすると江戸時代の武家がそのまま官僚になってしまったことが根本原因なのだろうか。どちらにせよ公務員は国を背負って立つ人間なのだから、責任が民間人よりも軽いということはあり得ないはずなのに実体はその責任を曖昧にするシステムで守られるようになってしまっている。少なくとも江戸時代であれば、武家が不祥事を起こしたならばお家取り潰しなどの厳罰があったが、明治以降それが無くなってしまったのである。

結論:アメリカのように民間人(資本家の代理人)に良いように利用されるのも困るが、日本のように役人が好き勝手に振舞われるのも許しがたいのである。必罰よりは厳罰が必要だ。

真実と事実 〜第七章〜

今回は新しい話題でお送りしたい。

イラク戦争(一方的なアメリカの侵略だと思うが)
真実:本の数年前までは、9.11テロの首謀者であるアルカイダに協力した(匿った)悪の枢軸であり、大量破壊兵器を持っているから攻撃された(今でも信じているようなら相当いかれている)
事実1:クルド人に使われた化学兵器の多くは米国製だった(誰が売ったの?)
事実2:イラクには大量破壊兵器はなかった(攻撃し返す恐れはなかった)
事実3:2000年11月から、イラクは原油の決済通貨をユーロに変更した
事実4:フセインがアルカイダを嫌いなこと(思想が全く違う)は世界の常識だった
事実5:戦争終了後、イラクは決済通貨をドルに戻した
事実6:イランが決済通貨をユーロに替えようとしたら、核兵器を開発していると言い始めた
事実7:イランが核を開発すると言ったことはないし、北の核実験を批判している
事実8:イラクはフセインを排除したアメリカを歓迎していない(憎んでいる)
事実9:無敵を誇ったイスラエル軍がヒズボラに負け、アメリカに和平を依頼した
私の視点:国際通貨であるドルの威信を失いかねない状態にもっていかれることを恐れたアメリカは、他の産油国がイラクに右にならえにとならないように、釘を刺すため根拠のない理由を(アルカイダを匿った→大量破壊兵器→中東の民主化)でっちあげて国連決議も無しに攻撃をしたが、アメリカの力の低下を見て取ったイランがヨーロッパに、サウジなどは中国に歩み寄っているのが現在の状況である。結局アメリカの威信は大きく低下してしまったのである。さらに、中東でくさびの役目を果たしていたイスラエルもテロ組織には通用せずアメリカ国内におけるイスラエルロビーの力が急速に落ちてしまい、イスラエルよりだったラムズフェルドも政権から追い出されてしまった。

結論:今回は化けの皮が剥がれつつある問題も提起したが、これで真実と言われるものがいかにいい加減であるかをご理解頂けたのではないだろうか。

月曜日, 11月 13, 2006

真実と事実 〜第六章〜

 日本人の間(少なくとも左翼以外)では、南京で30万人も虐殺されたという話は事実ではないとなり始めているが、それでもナチスによるユダヤ人の虐殺はあったと信じられている。結構人間はデマに弱いのである。

ナチスのユダヤ人大虐殺
定説:アウシュビッツなどの収容所で600万人のユダヤ人が虐殺された
事実1:当時明らかにユダヤ人と分かる(非改宗者)はヨーロッパ全土で600万人だったので、定説通りなら全滅である。
事実2:死者の多くは発疹チフスなどの伝染病だった(死んだのと殺したのは意味が違う)
事実3:ガス室と信じられている施設はシラミ駆除用の部屋だった(チクロンB散布)
事実4:アウシュビッツの記念碑の犠牲者数は150万に訂正されている
事実5:ドイツ以外のヨーロッパ人やアメリカ人もユダヤ排斥を容認していた
私の視点:この辺はまたの機会に。

士農工商
定説:江戸時代は士農工商(階層順)という厳格な身分制度(日本版カースト)があって、その身分の間と移動することができない封建社会だった。その下に穢多・非人というものがあった。
事実:士農工商とは役の上での分類であり、実際には武士の下に村単位の百姓(農民のことではない)と町単位の町人があっただけである。また公家や僧侶など士農工商のどこにも含まれない職種もあり、明治以後に言われている史観で江戸時代の身分制度は捉えることはできない。

幕藩体制
定説:江戸時代は幕府が各藩を統治していた
事実:明治時代になるまで藩という呼称は一般に使われていなかった。何故ならば江戸次第には藩という制度は無かったからだ。藩とは儒学文献上の”領国”の別称に過ぎず、1868年に明治政府によって大名領を”藩”という行政区分名にしたのである。時代劇で”何々藩”と平気で使っているがあんなことは無かったのだ。藩という言葉が存在したのは明治2年の府藩県三治制から明治4年の廃藩置県までの僅か2年間だけだったのである。今度から時代劇を見て、何々藩などと言ってたら文句を投書しよう。
私の視点:幕府を悪者にするためならば、あることないことでっち上げたのが倒幕派の連中だったのである。

非核三原則
定説:核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずの日本の国是
事実:アメリカの傘の下にいるのであえてもつ必要がないだけという、安保前提の国是
私の視点:腐るほど核兵器を保有しているアメリカの核の保護下にあって非核というのは詭弁。非武装中立と同じで単なる理想論に過ぎない。核武装の議論が核兵器の開発につながるなどと馬鹿げたことを未だに言っている基地外野党があるが、独自に核武装をするためには核の傘から出るというもっと難しい問題があることをちっともわかっていないのである(だからサヨクはバカなのだ)。

結論:明治以降の江戸時代に関する定説は、かなり恣意的な面を含んでおり江戸時代生まれのいなくなった戦後、それは余計に酷くなっていったのである。サヨクは実体のない言葉(言霊)が大好きな迷信好きばかりである。どうも進歩的というのは非合理的のことらしい。

何がSONYを誤らせたのか?

 何がと言えば全てだと言ってしまったのでは身もふたもないのだが、技術のSONYなどと言っていながら、実はSONY社内に自社製品はダメなんじゃないのという空気が渦巻いているように思える。どういうことかといえば、セクショナリズムが進み過ぎてしまい、自分の所属する事業部以外からヒット商品が出ることを拒む体制ができてしまったのだ。

 実は、それぞれの部署が他の事業部の失敗を期待している節がある。だからこそ、戦略的に明らかに間違っている同じジャンルに入る商品を社内でぶつけ合ったりしているのだ。今話題のPS3の前に当るPSX(これだって鳴り物入りだった)は、スゴ録によって消え去り、VAIO PocketはWalkmanで、WalkmanはPSPでというように、同じSONYから出た商品にぶつける形で僅かな日数で対抗するものを出してお互いに潰しあいをしてきたのである。

 それが、SONYの方向性を失わせた最大の原因なのだが、社外にライバルがいると未だに思っているのだから病は相当に重い。社外にはSONYをライバルなどと思っている企業は既にない。シャープはサムソンと液晶で闘っているのであってSONYと闘っているとは思っていないだろう。ようするにSONYには社外にライバルはなく、社内に敵がいるだけなのだ。だからこそ、PS3の製産が遅れているのである。単なる久夛良木潰しだ(傲慢過ぎる久夛良木も悪いのだが)。

 当初の予定通りPS3の製産が順調に進んだ場合、誰が得をするかといえばそれはSCEの久夛良木だ。デバイスを作っている部門が日の目を見ることはない。そして万が一PS3が大成功してしまえば、今度こそ久夛良木を、SONYのCEOにを得なくなってしまうだろう。

結論:SONYには社内の成功を喜ぶような気風は最早ない。嫉み根性だけで回っている会社だ。SONYくらい自社の(他の事業部の)商品が嫌いな会社はないのじゃないだろうか。

日曜日, 11月 12, 2006

PS3はブランデー?

 "Wii"はビールで"PS3"はブランデーという記事が日経ネットに掲載されていた。ゲーム機の定義としてはその通りだと思うが、記事の中で、「よくソニーと任天堂どっちが勝つかといわれるが、ビールとブランデーに勝ち負けがないように勝負はない。お互いに意識していないと思う。」という発言には納得が行かなかった。

 任天堂は明らかに涅槃の世界に旅立ってしまった"PS3"を"Wii"のライバルとは考えていないようだが、SONYはそう考えてはいない。何故なら、"PS3"の価格改定は明らかに"Xbox360"を意識したものではなく”Wii”に対抗しようとしているからだ。今回の値下げは、Xbox360が売れているアメリカではなく日本市場だけだが、日本には”Xbox360”市場は事実上存在しない(全く売れていないわけでもないが売れてるとも聞かない)ので価格で"Xbox"に対抗する必要は全く無い。

 結局、SONYがやったことはブランデーを、ビールよりも売りたいという間違った戦略なのである。確かに"PS2"は売れたが、あのマシーンはDVDが見られる"PS"だったことが大きい。ゲーム機として考えた場合、過去のゲームが資産となることは間違いない。同時期の任天堂は、"Nintendo 64"、"ゲームキューブ"と全く互換性のないゲーム機を立て続けに出して、自ら市場を潰してしまった。SONYは結局任天堂の戦略の失敗による漁夫の利を得たに過ぎなかったのだ。しかし、両ハードウェアの中で"どうぶつの森"シリーズなどの新たなゲームのジャンルが存在することが明らかになり、それが"DS"の方向性に反映されてきたのだ。

 悲しいことにSONYは、"PS2"の売れた理由をハードウェアのスペックと勘違いしてしまった。もちろん世の中には、そういったユーザーも存在するが、多くの人はブランデーボトルの中身がブランデーだから買っていたわけではなかったのに、SONYはもっと豪華なブランデーを売り出してしまった。それも値下げまでして...

結論:"Wii"はビールじゃなくて、たこ焼きやラムネだ。子供や下戸にブランデーは飲めないのである。

木曜日, 11月 09, 2006

福島瑞穂語録

 愛すべき福島瑞穂氏の第一級のジョーク集を。ダンナともども中核派なので言っていることが常識を超えている(基地外とも言う)のである。

朝まで生テレビ編1(事実かどうかは知らない)
福島 「警察官の拳銃使用は絶対反対。犯罪者と言えども人権はある訳ですしぃ~、犯人には傷一つ付けてはいけない。たとえ凶器を持った凶悪犯と言えども警察官は丸腰で逮捕に向かうべき」
田原 「そんな事して、警察官が殺されたら?」
福島 「それは警察官の職務ですしぃ~~」
(「ええっ~」と言う驚きの声が怒濤のようにスタジオ中に響き渡る)
 その声にまずいと思ったか福島が続ける。
福島 「それに犯人がそんなに抵抗するんだったら無理して逮捕する必要は無いと思うんですよぉ~、逃がしても良い訳ですしぃ~」
田原 「じゃっ、逃がした犯人が別の所でまた人を殺したら?」
福島 「それはそれで別の問題ですしぃ~」

朝まで生テレビ編2(事実かどうかは知らない)
福島 「スイスには徴兵制も軍隊もない」
皆兵は徴兵ではないのだろうか、恐らく永世中立だから軍がないと考えているらしい。私も小学1年位の時はそう考えていたので、私の小学時と同程度の脳細胞か?永世中立国なので第二次世界大戦時に領空を侵犯した連合軍機、ドイツ軍機を差別せずに攻撃している。

朝まで生テレビ編3(事実かどうかは知らない)
福島 「民党と民主党は、カレーライスとライスカレーとの差くらいしかない。福神漬が付いているかいないか程度しか変わらない。私達社民党はオムライス、子供から高齢者まで大好きなオムライスです」
私の偏見かもしれないがオムライスの好きな年寄りをあまり知らない。恐らくその真意は外は黄色いが中は赤い(サヨク)ということなのだろう。中核派なので中身が大事なのだろう。

朝まで生テレビ編4(事実かどうかは知らない)
田原 「米国は過去の交通犯罪の教訓から被害者に対して生涯かけて罪を
    償なわさせている国だし死刑も終身刑もある国だよ。加害者側の人権人権って言うけど、殺されてしまった側には人権もクソも無いって事なの?」
福島 「だって、死んでしまった人の人権なんて考えても仕方がないですしぃ〜、
    前途ある中学生3人の人権を第一に考えていく必要があると思うんですぅ〜、
    これからまだまだ社会に貢献してもらう義務があると思うんですぅ〜」

参院予算委員会答弁(事実)
福島 「愛は強制できますか」
安倍 「強制できないと思います」
福島 「国を愛する態度を評価するのか」「愛国心の強要は『戦争反対』と言う自由を奪う」
安倍 「全く関係ない観点で非難している。国の行うことを支持せよ、私の内閣を愛せよ、と言っていない」「福島氏が首相になることもあり得るが、福島首相がやることを私たちが全面肯定し愛することはあり得ない」
安倍氏のほうが100万倍大分まともである(小泉のほうが安倍よりも100万倍マシと発言したことあり)。

結論:これが都市伝説でなく事実ならば、立派な基地外(盧武鉉並み)である。男女別姓を唱える福島瑞穂。「そう言えばあなたのお国では昔からそうですよね」と誰か突っ込んでくれないかな。

何でタダなわけ?

 反日国家の大親分である中国にHNKが、”プロジェクト X”など360番組を無償で提供する文書に調印したらしい。台湾のように政府が親日で国家ならばそれも分からないことはないが、何でよりにもよって反日の国に...そんなことをする前に日本国民にただ(ネット上)で提供したらどうなんだろう。こちらは少なくとも受信料を払っているんだぞ。

結論:中国から追い出されない為の貢ぎ物なんだろう。

道州制反対!!

 大前研一は道州制を謳うが、そんなことをしたら世の中に無駄に溢れている地方公務員の勤め先が無くなってしまい、人間の屑が民間企業に溢れてしまうから私は反対だ。もちろんきちんと仕事をしている立派な公務員が多くいることは間違いない。しかし道州制に切り替わった場合そう言った人達は当然同州の公務員になってしまい優秀な人材は民間に出ては来ない。

 それだけではなく今迄は、奈良や福岡、広島や神奈川などの差別問題(同和や在日枠を設定)を吸収していた地方自治体のような開明的な措置が行えなくなり、被差別者に対して無分別に優遇することも適わなくなってしまう。恐らく公務員にかかっていた人件費などは劇的に減り、縁故だけで採用されていた公務員が一掃されてしまうに違いない。

 知事だって利権で当選している人達の次はない。マスコミだって黙っていない。何故なら全国紙、ブロック紙は別にしても、放送局や地方新聞は地方単位の利権があるから成り立つのであって増えるならばOKだが、減ることを認める筈はないのである。ようするに道州制にしたら権利ばかりを叫ぶ義務感のない赤ばかりが世の中に吐き出されてしまう。

結論:道州制になるとバカを隔離する施設が減ってしまうのである。

福島瑞穂は土人か?バカか?

 フェミで憲法真理教の民主党党首、福島瑞穂の頭の中には多くのタブーが溢れている。核武装議論、憲法改正、北朝鮮制裁、専業主婦と自分の嫌いなものの議論さえ許さない。ようするに本人はリベラルだと思っているらしいが、タブーとは未開人の専売特許だということを学校で教わらなかったらしい。よっぽどバカな学校出身だろうなと思って調べてみると東京大学法学部。卒業に6年もかかっているようなのでやっぱりバカだったのだろう。

 大体、核や軍備を批判するがそもそも軍事に対する知識が全くない(B-52は空母から飛ぶと信じているようだ。少なくともB-52が飛び立てるような大きな空母の存在を私は知らない。関空と勘違いしているのだろうか)。こういうバカ(無知くらい怖いものはない)ばかりじゃ困るから、議論しようと言うと、それが軍拡になると宣う(言霊を信じているようなので恐らく父親は縄文人だ)。東大まで通っていながらこの程度の頭なのだから、東大も程度が低くなったものだ。

 好きな言葉は「明日の天気は変えられないが、明日の政治は変えられる」だそうだが、私に言わせれば「国籍は代えられたが、心根は変えられなかった」じゃないかと思えて仕方ない・。

結論:福島瑞穂はバカな帰化人(1986年2月15日に帰化との噂あり)である。

水曜日, 11月 08, 2006

フセインの判決

 日本の新聞というのは物を考えるということができないのだろうか。ドジャイル虐殺に関係する裁判でフセインに死刑判決が出たが、他にも罪が多くあるので2審でも死刑判決になって他の裁判が無効になるだろうというのである。どこの世の中に死刑になってしまったので他の裁判は無効になったという事実があるのだろう。新聞の論調では、明らかに起訴されている人間が病気などによって死んでしまったのと、死刑とを混同している。

 通常法治国家であれば、裁判の被告を別件の判決を理由に死刑にしたりはしない。何故フセインだけはそうなるというのだろう。それでは裁判を行う意味がそもそもなくなってしまう。普段は死刑を批判するくせに、フセインが死刑になることを既成事実だと決めつけるその心根が、報道機関としての根幹を腐らせているのである。

結論:多くの裁判を抱えるフセインは全ての裁判の2審まで争えば、恐らく先に寿命が来る筈である。もし本当にすぐに死刑になるのならば、サンフランシスコ講和条約直前に行われたA級戦犯の絞首刑と同じではないか。実は平和条約が調印されるとそれ以前の軍事法廷の判決は効力を失うのが通常なのだ。それを防ぐ為にサンフランシスコ講和条約には、東京裁判の判決を受諾するという一文が、ご丁寧に入れられていたのだ。

トヨタ炎上?

 さすがにトヨタ本体はまだ炎上していませんが、車体はSONYのバッテリーよりも良く燃えているようです。

結論:死にたくなければ、純利益が1割も出るようなメーカーの車には乗らないことだ。

Zuneは出ない?

 鳴り物入りで発売開始されるMicrosoft製megabeatは、アメリカで発売するだけで米国外での発売は予定されていないようである。アメリカで成功するかどうかを見極めたうえで販売を拡大するつもりのようである。

結論:Xboxのように日本の市場では全く相手にされない場合もあるからこれはある意味賢明だろう。別にSONYがバカだという意味じゃないぞ(バカだけど)。

原理主義者は議論はしない

 野党の連中は核武装の議論をしてはいけないという。ついに本性を現したわけだ。あいつらはただの日本国憲法原理主義者(原理主義には異論は存在しない)なのだ。それも途轍もなく自分たちに都合の良いように解釈している原理主義者だ。磔刑にでもされれば本望なんじゃないだろうか。

結論:民主主義を標榜しながら自らは原理主義だというのだからお話しにならないのである。

ネットに夢中の若いやつは友達のいない貧乏人

 インターネットを利用しているのは若い男性という結果から、若い男性に対するサービスを提供すれば食い付いてくるという三段論法で、ネットでのサービスを考えているバカが世の中には一杯いるようだが、残念ながらそう考えているとしたらそうれは妄想である。大体若い人間がネットに夢中になっているようなら、そいつには友達などいない。友達もいないようなやつが金を使うはずなどないではないか。ようするにネットオタクはネクラの貧乏なのだ。

結論:無料情報に食い付いてくるやつは無料だから食い付くのであって、金をとられるならば無視するのである。ネットでの商売を考える奴は、ネット利用するおばちゃん相手に商売をすれば良い。ようするに儲かるのはテレビショッピングに夢中になる層だけなのである。

核武装は一日にして成らず?

 日本で核兵器開発は前にも書いたように不可能だ。その理由は実験を行う場所が国内にはないからだ。これはまごう事無き事実であるが、実験の必要があるという前提に立てばという条件が必要である。しかし、世の中には実戦配備されている核兵器が腐るほどのも事実である。今から実験を行うなどというのは、実は科学者の自己満足に過ぎない。今までにない新しい核兵器を開発するのであれば実験は不可欠だが、実戦配備されている核を使用するだけならば実験はいらない。時化ていた時の用心の為に数発用意すればいいのだ。

 日本に持ち込まれていないことになっている米軍の核兵器の所有権の移転を行えば(書類の処理は事後でも構わないだろう)、いつでも日本は核保有国になってしまうのだ。それをすることが懸命かどうかは別にして保有には半日もあれば十分だ。これがアメリカの核の傘の下の本質なのだ。議論することが核兵器保有につながるなどという野党の発言は全く物事を理解していないということだ。

 核兵器開発の議論と核武装の議論は、実は全く別物なのである。

結論:米軍の核兵器を使うのであれば電話一本でこと足りるのである。

ダメな学校こそ良い教師を集めろ

 さて昨日の話(足立区の問題)と矛盾してしまうように思われるかもしれないが、実はダメな学校を放って置くくらいならば廃校にしてしまえという私の趣旨にしたがって考えた場合。ダメな学校を残すのならば、そこには一番優秀な教師(人間としてもだ)を集めて掃きだめにしてはいけないということだ。これが本来の平等を目指す教育だ。ダメな学校にはダメな生徒とダメな教師が澱のようにたまってしまうのだが、どちらが鶏と卵かを決めたとしても何の解決にもならない。解決する気があるのならば、ダメな学校に予算をつぎ込み優秀な教師を集めて学級が成り立つ状態にしなければいけないのである。

 これは戦前の教育にもつながる。もちろん戦前の教師のすべてが立派な人間だったなどとは言わないが、少なくとも戦争が始まるまでは立派に教育が機能していたはずだ。こんなことを書くとバッシングされそうだが、戦後の教育の質が落ちたのはやはり戦争が原因だったのである。

 どういうことか分からない方のために解説するが、戦前の教師の多くは師範学校(こちらにも尋常と高等がある)を卒業した男性であった。実は彼らが戦後の教師に占める割合はかなり低かったのである。何故ならばその多くは戦場へ駆り出されてしまったからである。そこで、政府は代用教員(無資格教員)を大量に採用し師範学校卒業の正教員の不足を補ったわけである。戦前の師範学校は教員になることを条件にすべての学費は無料だった。陸士などと同じように貧しいが能力がある人間に教育を受けさせる制度が準備されていたのである。今現在これと全く同じ思想が残っているのは防衛大学だけだ。だからこそ師範学校を出た人達には国のために次代を担う子供たちを育てようという精神が宿っていたのである。

 戦後、学校制度の改定に伴い、正規の教員を増やす方法の一つとして代用教員を超法規的措置で教員としてしまったのだ。この段階ですでに戦前の教員とは受けてきた教育の質が明らかに違う教員が小学校を席捲してしまったのである。こうして一番大事な初等教育が戦時中に崩れ(戦争で勉強どころじゃなかったのもあるが)、それを引き継いだ戦後の教育制度は戦前の全否定であったため、師範学校を出ている教師のほうが人間として低く見られる社会を生み出す原因となってしまったのである。

結論:戦前と戦後は教育制度だけでなく、教師においても断絶があったのである。

やっと気付いたか?

 サワリーマン植草氏が変態かどうかはよく知らないが、目が怪しいことは薄々感じている(新横で本人を目撃してことがあるが結構危なそうだった)。しかしそれと痴漢逮捕は別問題だ。目撃者と言われる二人の人物が神奈川県警の刑事(何故刑事だと名乗らないのだ)であり、被害者の女子高生が本当に何でもない女子高生かどうかが不明である。これは、最初に報道された時に私が国策捜査だと断言したのは、タイミングが竹中の辞任とぴったり符合していたからだ。

 小泉内閣の間、報道機関は植草氏の変態は死ぬまで直らない病気だという論拠にのっとて騒いでいたが、ケツを触るのと国を売るのとどっちが罪が重いかという論点では全く触れてはいなかった。植草氏の裁判がまさに始まろうとしている今、マスコミはあの事件がデッチアゲであるという流れに代わり始めている。これが新しい権力者(亡国の飯島は権力の座を既に追われた)による恣意的な誘導だとすれば新たな問題を誘発するが、それでも植草氏がただの変態ではなく経済に明るい変態に返り咲くチャンスではあろう。

結論:裁判になれば謎の女子高生も証人とならなければならないが、果たして出廷するだろうか。恐らく裁判になると不味いので告訴取り下げなどと言う手を使うのではないだろうか。裁判の行方はどうでもいいけど、植草氏の問題の書籍は是非出版してもらいたいものである。

真実と事実 〜第五章〜

 近代ではなく現代(現代こそと言うべきか)にも真実と思われていて事実は全く違うものが多い。特に日本はワザと間違った真実に誘導しているような気がして成らない。これは戦後の検閲から始まったきれい事ばかりを並べるという報道機関と外務省の体質が大いにかかわっているのである。

国際連合(訳としては連合国が正しい)
定説:世界の平和と経済・社会の発展のために協力することを目的とする国際機構
事実:第二次大戦中の連合国を母体に作られた軍事同盟
過去の事務総長の出身国:北欧2カ国(ノルウェー、スウェーデン)、ビルマ、オーストリア、ペルー、エジプト、ガーナ
私の視点:国連とは枢軸国に対立していた連合国がその母体(United Nationsで名称は変更されていないのに日本だけ戦後は勝手に国連と呼んでいる)なので、枢軸国が常任理事国になることは論理的に矛盾している。そもそも、連合国憲章では、いまだに日本とドイツが憲章に違反した場合には、連合国は単独で自由にドイツと日本を攻撃していいという条文さえあるのだ。要するに日本で国連と呼ばれている機関は世界を平和にするのではなくドイツと日本を封じ込める組織なのだ。封じ込める機関の常任理事国に封じ込められる側が成れるはずはない。その事務屋の長に何人がなろうが知ったこっちゃないが、なったからといって一等国になった訳ではないことに韓国気付いていないらしい。どう考えても韓国はビルマやガーナ並みということ(これって差別か?)になりそうで格好悪いように思えるのは私だけだろうか

原爆投下
定説:マンハッタン計画で開発されたアメリカ製の原子爆弾を広島と長崎に投下。これによって戦争が早く終結することができた。
事実1:アメリカにはウラン型原爆を製造するほどのウラン濃縮技術(遠心分離方式)がなかった
事実2:ドイツはウラン型原爆を開発していた
事実3:広島の原爆はアメリカによる初めてのウラン型の核実験だった
私の視点:アメリカがウラン型とプルトニウム型の二種類の原爆を製造する意味はなく、マンハッタン計画で実験されたものもプルトニウム型であった。少なくともウラン型の原爆は公式には一度も実験されることなく広島に落とされたのである。通常兵器を使う場合に一度も実験されていないものを使うことはあり得ない(失敗したら意味がない)。そうなるとウラン型はアメリカで作られたのではないという説は説得力を持ってくる。ウラン型はドイツ領内(バルト海リューゲン島とオードルーフ演習場)において密かに実験が行われ成功していたことがわかっていたので使われたという説が有力になる訳だ。アメリカにドイツ製原爆(反完成品)を渡したのはロンメル(反ヒトラーグループ)で、渡した相手はアイゼンハワーだったと言われている。その功績を買われてアイゼンハワーは大統領になったのだ。

サンフランシスコ平和条約
定説:旧連合国との間で結ばれた平和条約で戦争状態が終結し、日本の独立が承認された
事実1:この条約により日本の自衛権を承認(個別・集団の両方)
事実2:日本の再軍備を承認(日本が軍隊を持つことを許されている)
事実3:ソ連(当時)、中国(当時は中華民国)、インドは反対
事実4:条約正文に日本文はない(英語、フランス語、スペイン語だけ)。日本訳と正文の間にはいくつかの違いがある。
例:日本訳では"朝鮮の独立を承認"とされているが、正文では"朝鮮の独立を確認"。"東京裁判を受諾"となっているが、正文では"判決を受諾"(裁判そのものが国際法に則っていないことを知っているわけだ)。”連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する”とに翻訳されているが、正文では、”連合国は日本人民による日本とその領海の十分なる自治権を認める”とされている。
事実5:日本の国会は正文の存在しない日本文を承認しただけで正文の条約を承認していない
私の視点:現在日本は少なくとも独立国として各国から承認されているし、戦争状態でもない。これはサンフランシスコ平和条約が効力を持っているからであるが、少なくとも正文を日本の害務省(誤変換ではなく意訳)は、国民の目を欺くために意訳したことは間違いない。これは、”Unaited Nations”を戦時中は連合国と訳し、戦後は国連と訳し直したことでも明らかである。正文を額面通りに受取ると、日本は軍隊を持って集団的自衛権を認められている(憲法を改定しても文句を言われる筋合いはない)し、朝鮮の独立を承認してはいない。ただし、合衆国の州のレベルの自治権がみとめられているだけである。つまり日本の軍隊は州兵と同じ扱いで、当然合衆国政府を無視して活動することはできないわけだ。それが安保の正体なのである。そして台湾は日本の権原が及ばなくなったが独立ではない(だから中国の一部となってしまうわけだ)。

結論:残念ながらいまだ日本は完全な独立をしていないし、平和条約を承認していない国から何を言われても文句は言えない。現代のように明らかなに文章が残っている時代であっても、文章(のニュアンスの拡大解釈)によって誤魔化されている可能性が大いにあるのだ。

火曜日, 11月 07, 2006

北朝鮮はどうなる

 日本では北朝鮮の核実験=日本の核武装というわけのわからない議論が出そうなくらい脳みそが足りない連中が多いが、日本に北朝鮮が核弾頭を撃つことはそもそもあり得ず、その前に政権が崩壊するだろう。そうなった場合オプションとして考えられる筋書きは、中国による傀儡政権やクーデターによる内戦が考えられる。韓国による統一というあり得ないオプションを韓国は期待しているのだろうが、これは全く可能性がない。基地外が元首なのでやりかねないがそんなことをしたら両国とも中国の傀儡になるくらいしか方法はない。

 北が核武装をしたということは、そもそも戦争をする能力がないことを示している。金がないから一発逆転を狙っているのであって、普通に戦争をして勝つ自信のある国なら今更核兵器に頼ったりはしないのである。今回6カ国協議(日本は除外らしいが?)に復帰すると言わせたのも、もしもの場合には中国による傀儡政権をアメリカが支持するという言質を得ていることを知っての行動だ。少なくとも自分たちが血を流すよりはよっぽど合理的だと甘エリカは判断したのだろう。

 日本もそれに逆らうことはない(逆らうほどの戦力を持っていない)し、ライスが中国に渡る前に安倍に耳打ちしていたことは間違いない。韓国がもう少しマシな国ならば、朝鮮を任せることができる(実質は日本による経済支援)のに、それが適わないのだから中国しか方法がない訳だ。

結論:日本は半分納得して、韓国は全くのツンボはじきで中国とアメリカの手打ちが行われた。傀儡政権に取って代わられるよりは話し合いに応じた方がましというのが金正日の正直な気持ちなのである。

真実と事実 〜第四章〜

 今回は数は少ないが、少し濃いめで。

伊藤博文暗殺
通説:韓国の民族運動家安重根によって狙撃され死亡したと言われている
室田証言:貴族院議員室田義文は安重根が狙ったのは自分で、数発を撃込まれている。伊藤博文の弾痕は右上から左下に向かっておりホーム上にある食堂からロシア兵に撃たれたのではないか
日本人犯行説:韓国併合に消極的な伊藤が邪魔になり、玄洋社系の右翼と山縣を中心とする軍部が手を結んで暗殺を計画したのではないかという説だが珍説扱い
私の視点:誰が実行犯かの事実は不明だが、安重根がケネディ暗殺におけるオズワルドではないかと考えている。何故ならば伊藤博文暗殺の調書で理由の一番に上げられているのが、伊藤博文が孝明天皇暗殺の実行犯だというのが、ひっかかるからだ。事実かどうかは別にしても誰が孝明天皇弑逆を安重根に耳打ちしたかだ。どう考えても朝鮮で普通にそう言われているほど、孝明天皇の死に関する情報は一般的だとは言えないし、国内でもそんなことを言うやつは少ないはずだ。また、それを信じるにはそれなりに立場の人間から聞かされたと考えるのが筋だろう。そうなると後ろに長州の人間がからんでいた可能性は否定できないだろう。早期併合に反対していた伊藤が消えることによって併合の時期が早くなったことは間違いない。

日露戦争
定説:日本がバルチック艦隊を壊滅させてロシアに勝ち日本が列強のひとつとなるきっかけとなった
事実1:日本は英米資本から得た戦費を使い果たしていたため戦争続行不能だった
事実2:ロシア内で明石元二郎(謀略担当)による資金援助で革命が起き、戦争どころではなくなった
事実3:漁夫の利を得る予定だったアメリカは中国権益(満州進出)から日英露三国によって締め出されて日本を敵視
事実4:ロシア南下を恐れた英国は日本海海戦の準備が整うよう、ロシア海軍のスエズ通過を妨害
事実5:清国領であった満州を日露にとられ、日清戦争に続き日本への敵視が進んだ
私の視点:日本に資金提供(どうなるかわからない国の国債を引き受け)したのが、ユダヤ資本であったことは間違いない。その理由をロシアで苦しめられているユダヤ人を救うためだという理由は眉唾(資金援助したシフがそう言っている)だが、英国の植民地(資本家の支配地)であったアメリカの独立戦争にロマノフ王朝が資金援助したこととロシアが反ユダヤ資本であったことが遠因になっていることは間違いない。何故ならば日本に資金援助したのは英国の銀行団(ロスチャイルド)とアメリカの銀行家シフ(ロスチャイルド)というのだから、ロスチャイルドにロシアが睨まれていたことは間違いない。ユダヤ資本最大の敵であるロシアを倒すために日本は利用されたのである。日露戦争に勝ったのは日本ではなくユダヤ資本だったのだ。よくクーン・ローブ商会(シフの投資会社)をロックフェラー系とする説があるが、ロックフェラーもシフもロスチャイルド系であるので意味のない話である。

結論:資本家絡みはこれからもちょくちょく書いてみたいと思う。今回は手始めとして有名なところを...

足立区と学力テスト

 足立区の学力テストの結果(23区内で最低)を受けて、学校ごとに自由に使える予算配分に差を付けるという問題(問題ではないか)がそれなりに大きく取り上げられている。賛否両論があるが、頭の良し悪しで差を付けるのはおかしいというおかしな論理が成り立つことが、そもそも実体を把握していないのである。

 実は、東京都の教職員の間では都内の学区をランクわけしている。A、B、C、Dの4段階でお察しの通り足立区はDランクに居座っている。通常学級崩壊の可能性の高い足立区の学校を選ぶ教職員は少ない。だからなのであるが、足立区で教員を3年間続けると、次にはどこでも好きな学区を希望して移れるというマジックカードが与えられている。ようするに申し訳ないが足立区は明らかに区別されているのだ。

 今回、頑張っている学校を評価するという意味では差を付けることは仕方ないというのが、元々足立区に住んでいた私の見解である。ただし、今回の措置が前向きになるとは当然いえない。中にはやけになる学校だって出てくるだろう(廃校にすればいいのだが)。世田谷区などいわゆる上流階級(居住者は勝手にそう思っているだろう)の多い地区での学校崩壊は左翼系の跳ね上がり連中によるおかしな平等意識が原因だが、足立区でのそれは親の教育に対する無関心か朝鮮部落などの微妙な問題(今も厳然とあるのかどうかは知らないが)が絡んでいる下層階級(居住者はそう思いたくはないだろうが)が多いということが原因と考えられる。

結論:テレビのコメンテーターは利いた風な口を平気でたたくが、足立区を代表とする学級崩壊を起こしている学校の実体を知ってから意見を言ってもらいたいものだ。実体を見たら恐らく金額の差ぐらいではすまないような過激な発言をするだろうということは想像に難くない。授業が成り立たない教室で学力が上がるはずはないのである。自慢じゃないがあまりに足立区の学校の程度が低いので、子供の教育のために引っ越したのである。

月曜日, 11月 06, 2006

北朝鮮は宝の山

 よく誤解されることなのだが、アメリカが北朝鮮を攻撃しないのは石油利権がないからという理屈だ。これは半分正しくて半分は間違っている。何故ならば北朝鮮には石油がない訳ではなく石油が出ていないだけだからだ。どういうことかといえば韓国とは違って北朝鮮は多くの地下資源を持っている恵まれた国というのが本当の姿なのだ。現に日本が朝鮮を併合していた当時、重工業などの産業基盤は北朝鮮を中心に作られていた。数多くのレアメタルをはじめ、鉄鉱石や石炭が地下に眠り、石油も大量に埋蔵している。そう言う意味では韓国とは大違いの資産家なのだ。

 では何故、国力にこんなに差が付いてしまったかといえば全ては政策の間違いに帰する。北朝鮮くらいの資源があったら、資本主義国家でやっていくべきだったのだ。それなのにソ連の傀儡であった金日成が、国内での権力闘争(国内派、ソ連派、中国派、パルチザン派に別れていた)を利用して、まず本来の朝鮮半島ないで抗日活動をおこなっていた国内派を粛正し、次に自分を担ぎ出したソ連派を、そして中国派というように順次敵対勢力を利用しながら、自分の出身であるパルチザン以外を権力周辺から消し去っていったのである。

 こうして権力基盤は強固になっていったが、国内の経済政策を置き去りにしたためにいつしか日本と協力して経済発展していった韓国に後れを取ってしまった訳である。

結論:韓国は核兵器ばかりじゃなく北朝鮮の地下資源も手に入れたいと思っているのかもしれないが、どう考えても韓国は北朝鮮の敵ではない。北を黙らせることは韓国一行では不可能なのである。

差別と区別

 とかくサヨクは差別という言葉に敏感(恐らくあいつらは被差別部落出身者か何か何だろう)で、それがいき過ぎたために何でも同じなら良い(頭がいかれているのでこれを平等だと勘違いしている)という極論にまで突っ走ってしまい、結局逆差別を作り出して世の中を悪くしてしまったのだ。

 まず、連中は差別という言葉の定義も知らずに(要するバカは怖い物知らずだという見本)区別と差別を一緒くたに扱っている。合理的な理由をもとに区別をすることは差別とは呼ばないのに、それさえも差別だと言い張って結局逆差別(悪平等は差別以外の何物でもない)を生み出しているのにそのことには頬被りをしているのである。穢れ意識や生い立ちで差別をすることは私だって認めないが、だからといって能力の差を認めないことはおかしいと思う。しかし戦後の制度は、この部分さえも差別であるとして一切の例外を建前上は認めないことにしたのである。

 それならばそれで、試験によって生徒を選別することもやめるというのならば納得もいくが、特進や飛び級を認めないくせに、受験の競争を認めるのはまさに御都合主義以外の何物でもない。もちろん民主国家であるから、本人の希望を無視して飛び級や特進をする必要はないが、希望をすれば戦前と同じようなエリート教育を施すのも国の責任だろうと思う。

結論:差別というのは理由もなしに差を付けることであり、平等とは理由もなしに被差別対象者の権利を増長することではない。そしてエリートとは自己の利権を第一に考える人間のことではなく選良のことをさす。選良の犯罪は一般人とは重みが違う(責任が重いということだ)というシステムを用意することでエリートを作り出すことは決して差別を行うことではないのである。少なくとも今の社会意識でエリート官僚など出てくる訳はないのである。

奈良と福岡

 全然関係の内容に思われていた奈良市役所と福岡県のいじめによる自殺。どちらも解放同盟の人間がからんでいるということが表に出てきた。不法に給与を得ていた市職員は解放同盟であったし、福岡はいじめていた生徒たちが同和や在日の子供たちであったということが明らかになってきた。今迄はこの辺りの話はタブーで表に出ることなく闇に葬り去られていたのだが、やっと表の出てきて問題化されるようになってきた。

 何でもかんでもタブー化してしまうことによって在日や同和の問題が圧力団体(利権)として機能するようにしてしまったのは、日教組など差別撤廃(逆差別を作ること)を叫ぶサヨク連中が、被差別者に対する批判を封じ込める風潮を作り出してしまったからなのである。差別が原因ではない批判さえ、被差別者は差別が原因だと圧力をかけ(この辺りは似非同和に利用されている方法論だ)、正義の声さえも潰してしまう間違った差別社会を作り出してしまったからなのだ。

結論:同和や在日や日教組の問題は、戦後社会の議論をさける事なかれ主義が原因だったのである。タブーは利権を生み出す孵化装置になってしまうのである。どのような組織にも悪らつ非道はある。それに頬被りをしていたのでは新たな被害者が生まれるだけなのだ。

金曜日, 11月 03, 2006

真実と事実 〜第三章〜

 昔のことを書かなければいけないのだが、現代ネタも加えてまたまた文字数稼ぎである。

タワーレコードの破綻
新聞説:iPodを代表とするダウンロード販売によって経営が立ち居か無くなってしまった
事実:大手ディスカウント店による顧客の減少。大手通販によるシェア縮小。海外出店の失敗。最後にiTMSの大成功。
私の視点:CDで利益を上げることを考えずに販売をすることが可能なアメリカのCD小売システムが専業を許さない時代を作ってしまっただけである。日本も再販制度が無くなればCDショップは全て淘汰されてしまう。わずか10%の市場を押えているに過ぎないiTSが本当に原因ならばウォルマート等のディスカウント店はCD販売をやめるはずである。

江戸城無血開城
定説:勝、西郷の両者の話し合いの結果、平和裡に城を明け渡した
周辺事情1:薩長の後ろ盾であったイギリスは薩摩の江戸攻撃計画を批判した
周辺事情2:幕府海軍の戦力は薩長を圧倒していて、薩長には攻撃を防ぐ手だてがなかった
周辺事情3:薩摩が江戸攻撃した場合江戸を焼き払う指示を出していた
周辺事情4:東海道周辺の博徒が薩摩軍の江戸進軍を妨害
事実:国民を戦闘に巻き込ませない工作を幕府側が行っていたのに対し、倒幕派は戦争で決着をつけようと画策していた
私の視点:鳥羽・伏見で幕府軍が負けたが、国中を戦乱に巻き込むつもりならば決着がどうなったかは不明である。それ以上に内戦に外国勢力を巻き込むことが国を弱体化させる暴論であると判断した幕府側の深謀遠慮のほうに行政者としての能力を感じる。所詮、関ヶ原の西軍は田舎侍の集まりだったのだ。

平和憲法
左翼の視点:日本国憲法は戦争放棄を謳った平和憲法が世界の平和を守っている
憲法条文:9条において無条件に戦争と軍隊の放棄を謳っている
前提条件:世界中が戦争状態にない平和な状態であること
前提の論拠:日本以外には平和を乱す勢力は世の中にはない(悪いのは日本だ)
事実:日本がポツダム宣言を受諾後も周辺では戦時体制が続いている
私の視点:日本だけが極悪人なので、日本さえ武力を保持しなければ世界中は平和であると言う前提条件のもとで有効になるという性善説をとった空想主義の条文。日本が敗戦後すぐに、中国は内戦状態になり、その後朝鮮、シンドシナと日本が統治してた地域は戦争状態が続いていた。結局日本が平和であったのは周りが平和だった訳ではなく、アメリカの保護(観察)下に置かれて戦争に加わることを禁止されていたからにすぎない。日本国憲法が平和憲法なわけではなく、平和時にしか通用しない憲法だというのが正しいだろう。

坂本龍馬暗殺
通説:現在は見廻組実行説が有力である
新選組犯行説:有名な新撰組にやられたとする方が盛り上がるからか?
薩摩藩陰謀説:大政奉還以降、幕府に対して態度を軟化させた龍馬の排除を考えたと言う説
事実:暗殺されたことは明らかだが、どこの誰に殺されたかは不明
私の視点:大政奉還と開国は進めていたが武力による倒幕には、反対だったと思われるので、幕府側が殺さなければいけない理由は低かったはずである。勝海舟との出逢いも古く西郷隆盛との出逢いも勝海舟の紹介だ。それを考えると攘夷派のほうが反坂本であった可能性が高くなる。

結論:真実とはそう信じて欲しいということ(考えるのが面倒くさいのと分かりやすければ調べる必要がないので大抵一番単純なストーリになっている)のことなのである。

木曜日, 11月 02, 2006

民族統一

 朝鮮の南北統一をさして、よく民族の統一というお題目を唱えているが、朝鮮の三国時代から朝鮮は一つに統一されて独立したことはない。韓国人は李朝朝鮮がそうだったという妄言を吐くが、あの当時は中国の保護国家(独立している訳ではない)であっただけで独立していた訳ではない。日清戦争によって親からの独立のチャンスがあったが、ロシアやアメリカのバックアップを期待しただけで自国の力で国家を守ろうという気はさらさらなかった。

 だからこそ、アメリカはアメリカのフィリピンの権益(事実上の植民地支配)を交換条件に、日本による韓国の併合を認めた訳だ。そうしなければ韓国がロシアの植民地となってしまうことが明らかだった。そのために日本はしなくてもよい日露戦争(英米の対露代理戦争)をすることになってしまった訳だ。

結論:日露戦争でアメリカが日本を手助けしたのはロシアに韓国をとられるよりは日本に統治させるほうがましだと考えたからであり、その他の多くの国もロシアに占領されるよりも日本による併合を望んでいたから承認したのである。当時の日本は世界を敵にまわしてまで韓国を併合するような気はなかった。韓国では日本が一方的に併合したという歴史の歪曲をしているが、世界がそうして欲しいくらいに当時の韓国には統治能力がなかったのが、そもそもの原因だったのだ。そして今の韓国も全く同様だ。百年経っても全く変わっていないのはさすが儒教の国だといえる。

基地外に任せるよりは

 まともに話ができない珍しい国がお隣にあるが、融和派を首にしたのかと思ったら、後を継いだ連中も全く同じ穴のムジナなんだから、さすがに基地外の考えることは常軌を逸している。担当していた個人の問題ではなく韓国の政策が違っているとは夢にも思っていないようだ。恐らくそれに一番呆れているのは他でもない金正日だろう。

 さすがのアメリカももう相手ができないと見えて、韓国に対して文句さえ言わなくなってしまったが、韓国に言われなくても駐留米軍を引き上げたいのはやまやまだろう。韓国内で再び軍事クーデターが起きればアメリカは軍部を支援し、大統領府を見捨てるに違いない。戦前の日本のように拡大政策をとらない限り、アメリカは日本を支持するはずである。

結論:アメリカは本気で韓国に嫌気がさしている。北朝鮮を中国に譲るのと同時に韓国の日本による併合を考えているかもしれない。中国も北や南が自分の目の前で暴走するくらいならば日本による統治を容認するかもしれない。それ位に朝鮮半島は始末に負えないのだ。

真実と事実 〜第二章〜

 シリーズ化しようと虫のいいことを考えているが、果たしてそれだけのネタがあるのだろうか。シリーズ化第2回で歴史以外のものも取り上げて文字数を稼ごうとしている私である。

アメリカが北朝鮮を攻撃しない訳
定説:北朝鮮には石油がない(地下資源が乏しい)ので攻撃しない
事実:石油の埋蔵量はイランの半分。加えて中東にはないレアメタルを豊富に埋蔵。地下資源に恵まれる資源大国である
私の視点:周辺諸国(ロシアと中国)との関係から手を出せないのと、一度に複数の地域で戦争を行える国などないというのが本当の理由

黒船
定説:アメリカの脅しに対して幕府には対応する能力が無く結局これがきっかけで幕府が終わった
町人の視点:黒船の砲撃が脅しのための空砲とわかると面白がって浦賀に見物に行った。単純に見せ物として楽しんだ訳で、全く恐れてはいなかった(花火で音には慣れている)
幕府の視点:アメリカの脅しとは別に、同時期12代将軍が死ぬ間際であったことと13代将軍も病弱で、その対応に追われていた(アメリカに対する対応能力が落ちていたことは確か)。
事実:タカ派のフィルモア大統領の指示で開港を求めて来航したが、既に大統領が替わり武力行使を禁止されていたが、ペリーには届いていなかった
私の視点:厄介な時に厄介な奴がきたなとはとは考えただろうが、後の政府が言うように幕府に全く収拾能力がないため信用を失い倒幕に向かったというのは嘘である。アメリカが捕鯨のための寄港地を求めていることは既に知っていたので、武力による要求でなければ応じていた可能性が高い。何故なら鎖国などという政策は無かったからだ。

大政奉還と王政復古
定説:倒幕を恐れた幕府が大政を奉還し、討幕派のクーデターにより政権を奪取した
事実:慶喜が統治権を朝廷に返上。五摂家でない下級公家が天皇親政のクーデターを起こし、倒幕の偽勅を発行する
私の視点:行政能力のない朝廷に統治権を返しても問題ないと判断した幕府に対して、下級公家に過ぎない岩倉などを中心とした倒幕派(実体は朝廷内クーデター)が、親徳川である孝明天皇(毒殺による弑逆)や五摂家を排除し、何もわからない明治天皇(年少というだけでなく、どこの馬の骨かもわからないとまで言われている)と薩長を中心とした新政府を立ち上げた。幕府は反朝廷の組織ではなかったため、朝廷を乗っ取られた段階で再度実権を握ることは諦めたのである

結論:明治維新後の官僚組織は幕府が考えたように、旧幕臣が担った。新政府にとって都合が悪いので歴史では、幕府は蒙昧な組織であった(だから倒れた)となっているが、幕府は軍事組織(本来幕府はこれだ)としての能力は低くなっていた(300年近く戦争がなかった)が、行政組織としては腐っていた訳ではない(もちろん全く腐敗がない組織などあるわけがない)。もし行政能力に長けた旧幕臣がいなかったならば日本は中国などと同じように半植民地化していたであろう。

水曜日, 11月 01, 2006

6カ各国協議

 今回米中のお骨折りで6カ国協議が再開されることになったわけだが、ここで外務省がやってはいけないことは拉致被害者の問題を取り上げることである(今回の事務次官はバカではなさそうなのでしないとは思うが)。つまり、これで6カ国会議は核問題だけを話し合う場になったということだ。国内は拉致問題を取り上げないとまた騒ぎ出すかもしれないが、それは全く別の場で話し合うべきものになったことは明らかだ。

結論:外務省もやっと害務省から脱皮できるチャンスなのだ。少しは大人になったのだろうか。

徳政令を出せ

 履修単位不足に対して追加履修などを行わせるべきだという意見が大勢のようだが、正直な話履修した人達に対して不公平だという論理は馬鹿げている。本当に損をしているのは常識も身に付けずに社会に出ていくことになる未履修の高校生たちだ。これも全ての原因は実情を無視して机上の論理で教育を玩んできた連中に帰する訳だ。もし未履修に対して追加履修を行うのであれば過去に遡って全ての未履修者に行わなければ理屈に合わない。そんなことが出きる訳がないのだから、徳政令を出して取り返せないものは不問に付すしかないのだ。

結論:そもそも指導要領に論理的な正当性(法律で決められているので法的には正当だが)があるのかどうかも議論せずに、いくら議論をしても無駄なのである。ここは徳政令で放免にするべきだ。そのかわりに”ゆとり教育”を提案した元文部大臣の有馬朗人参院議員などを終身刑(一生修身でも勉強していろ)にでもすればいいのである。

新シリーズ開始!真実と事実 〜第1章〜

 世の中には定説(言わば真実と言われている。言われているだけだ)が、数多くありそれを信じることが正しいと思われている。しかし、これはある特定の史観をデフォルトとしているだけで本当の意味での真実などどこにもありはしないのだ。これからそう言ったどうして一方的にそうだと決めつけているのという(異論が出ないということを思考を停止していると言う)ものをあげつらって、判断の材料にしてもらえればと思う。

まずは昔の話から

イエス・キリスト
キリスト教徒の視点:神の子である救世主にして神自身である
イスラム教徒の視点:ユダヤ教の偉大な預言者の一人
ユダヤ教徒の視点:ユダヤ教の中の一分派(邪教)
日本人:数多くの神様の中の一人
事実:シリア出身(アラム語を使う)のユダヤ人に、多くの同調者を集めた人がいた
聖徳太子
教科書の視点:記紀の記述をもとに推古天皇の摂政(皇太子)だったとしている
隋の視点:隋書では当時の日本には女帝はいなかったためその摂政も存在しない
事実:現存する日本の資料の中に事実を伝えるものはないので存在そのものが不明
本能寺の変
教科書の視点:明智光秀の怨恨による信長に対する軍事クーデター
事実:織田信長が誰かにより襲われ自爆した、光秀が首謀者であったかどうかは不明
周辺事実1:正親町天皇に譲位を迫っていた(天皇を最高権威者とは見ていなかった)
周辺事実2:海外制覇を目指していた(鉄鋼船の建造)
周辺事実3:宗教勢力の武力を徹底的に排除した(信教に制限は無かった)
周辺事実4:天皇は生活そのものを自分で賄う財力を持っていなかった
イエズス会
キリスト教会の視点:キリスト教の布教を行う宣教師集団
宣教された側の視点:布教にかこつけたスパイ活動を行う集団
事実:改宗ユダヤ人を中心としたキリスト教の先兵(改宗ユダヤ人だから貿易を行えた)
鎖国
教科書の視点:鎖国政策を行って国を閉じてしまったために江戸時代は井の中の蛙だった
オランダ以外のヨーロッパの視点:幕府による鎖国が行われている(文化、貿易の禁止)
オランダの視点:年間数回の頻度ではあるが自由貿易と情報交換を行っていた
幕府の視点:切支丹勢力の排除(キリスト教国との貿易禁止、渡航禁止)の政策をとった(鎖国ではない)
事実:キリスト教文化は排除されていたがオランダを通して海外情勢や最新の学問を研究を行っていた

結論:教科書だけを真実だと考えていたら、覚えていたことがムダになる時がやって来るかもしれない。

松下の嫌がらせ?

 バッテリー問題ですっかり評判を落としたSONYに対して松下が当てつけともいえるスポット広告を再開した。”嫌がらせですか?”と問えば、”冬が近づいてきたので注意を促すために再開しただけ”(実際は、本当にそうなのだろうが)と答えるだろうが、穿った見方がすっかり身に付いてしまった(生まれつきなのだが)我が身に聞こえてくるのは、”SONYさんはいい加減だけど、うちはしっかりと対応しますよ”というメッセージなのだ。

結論:無くしてしまったほうが良いと私には思える金融部門の利益がなければ潰れてもおかしくないSONY。いっそのこと家電部門を解体したほうが儲かるのではないだろうか。

6カ各国協議再開

 米中朝の三カ国が北京で話し合いを極秘に持って6カ国協議に復帰することになった。これってアメリカと中国の脅しが効いたということだな。恐らく間に入った(仲介と言っているが脅したのは明らかに中国だ)中国が恫喝したのは間違いない。


結論:話は非常に簡単だ。アメリカは攻撃できないだろうが、中国はいつでも北朝鮮を武力制圧をする用意があると言ったのさ。そしてアメリカはそれに反対しないとさ。