水曜日, 11月 29, 2006

いじめは無くならない

 学校でのいじめが問題になっているが、これって日本の民族的問題じゃないだろうか。村八分、私的制裁、総括どれもいじめられる側に廻らないようにいじめる側に加わると言う群れ意識(みんなで渡れば怖くない、バスに乗り遅れるな)が根本にあるのだ。これが消えない限り日本人のいじめ体質は決してなくならないだろう。いくら個人の自由だ、平和だと言ったところでいじめを黙認する(長いものに巻かれる、体制側に付く)体質が無くならない限り何をやっても無駄なのである。

 山形県でいじめで自殺が起きた日に平気で、送別会を行なった根性(腐ったが付く)も別に世間に楯突こうなどと言う覚悟があったわけではなく。みんなで参加するのだから大丈夫だろうと言ういじめを行なうのと全く同じ精神構造(自分で考えることをしないということ)が引き起こしたことなのだ。恐らくいじめを問題だと口にしている連中も、平気で同じことをするだろう。

 どういうことかと言えば、大体右も左も異論を認めない。異論を吐く人間を仲間はずれにしようとする。これはいじめと全く同じなのだ。何か一つだけを正しいと考えることはそれだけでいじめを誘発してしまう。それがわからないような人間にいじめを語る資格はないのである。

結論:そう言う民族なのだからいじめは絶対に無くならない。

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