月曜日, 10月 31, 2011

復興増税万歳

 経営センスがないから財政破綻なのに増税をして歳入を増やそうと言う罪謀妾(財務省は間違い)と、その口車に乗って増税ありきの自分たちだけは消費税増税の適用外を狙っているカスゴミ。好景気なら黙っていても税収は増えるのにデフレ状態を放置しておきながらこのままでは財政破綻してしまうとほざく一方で、東電は全面的に支援して破綻させないと言うのだから、開いた口も塞がらない人の方が多い事だろう。
 
 揚げ句の果てには復興資金を増税で賄おうなどと言うのだから基地外沙汰。まともな神経をしていたら復興資金は増税ではなく(赤字国債を発行する気はない)50年償還(100年でも良い)などの特別国債の形で日銀に引き受けさせるのが常識、そうでないのならばナチスドイツが取ったように内部留保で強制的に復興国債を買わせるくらいのことをすべきなのである。そんな事をしたら統制国家だと言う人もいるかも知れないが、帰ってくる事のない税金で巻き上げられるよりはよっぽど有り難い仕組みだと思うの。税金と違い債券なら利息だって付く。
 
 消費税を増税すれば消費が冷え込むのは火を見るよりも明らか。法人税を増税したのでは大企業が国内に逃げ出すからと分けの分からない理屈を付けているが、それって増税なんかしたらいけないと言う証拠だと思うのは私だけだろうか。それとは別に持ち出されているのが煙草税の増税。別にタバコの税率を上げるのは構わないが、それで税収が増えると考える思慮の浅さは如何ともし難い。現に昨年の10月の増税でどれだけ税収が増えたかを考えれば解るように非喫煙者が増え、煙草税による増収にはならなかった。タバコが嫌いなヒステリーババアが700円にすれば良いなどとほざいたみたいだが、そんなことをすれば喫煙率は大幅に下がってしまうだろう。
 
 JTは、増税よりも政府所有のJT株を売却した方が大きな資金を得られると本当の事を言ってしまい罪謀妾から雷を落とされたらしいが、東電だって破綻処理の上で国営化し国が責任を持って損害賠償をするのが正しい方策だと思うのだが。

結論:売れなくなって値上げをするバカはいないが、財務省がやろうとしているのはそれと同じ事。値上げが出来るのは人気商品になった時だけと考えるのが常識。まずは、景気を良くするしか方法はないのである。

土曜日, 10月 29, 2011

人を突き動かすもの

 Android 4.0になって漸く気持ち良く使える事が重要だと気付いたようだが、今まで情ではなく理でAndroidを考えていたGoogle。盲目的にAndroidを信奉していたスペック系のオタク以外にはその操作体系が理解出来なかったのは気持ち良く使えるようにしようとしてはいなかったのだから当たり前の話である。今回は、Androidの話しは関係ないので批判はこのくらいに。
 
 私がマーケティングが大嫌いなのはBlogの読者ならばご存知なので解説の必要もないだろうが、統計などの数学的な手法で分かるのは過去からの傾向であって未来の予測ではないと言うのが私の基本的な考え。Steveの言う通り市場調査など何千回行ってもまだ見ぬ商品を製品化するなど不可能なのである。Androidが漸く気持ち良く使えるのが大事と気付いた今、Appleが目指しているのはその先にある使って気持ちが良くなる製品作り。SiriなんてGoogleのAIには敵わないからいずれ抜き去られるなんて言っている人は統計で人の気持ちが分かるとでも考えているのだろうが、それは大きな誤解、そんなもので人の気持ちがわかるのならApple以外のメーカーの商品が売れないはずはないのだ。
 
 さて、表題に戻ろう。ものを売ろうと考えたら一番大事なのは人を突き動かすものが何かを知る事。普通の頭しかない人はそこでマーケティングの出番だとなるのだが、そんなもので分かるのは流行廃りの傾向であって次に何が望まれるかではない。Appleがそんな事をして成功してきたわけではないのは皆さんもご存知だろう。
 
 そこで出て来る結果が、前にもblogで書いたようにAppleはイノベーターで革新的なものを出したからだと言う誤った認識だ。きちんとAppleの動きをトレースしていれば解るようにAppleはどこにもないものを作り出した事はないに等しい。逆にそんな事をしたものはAppleだってことごとく失敗しているのだ。世界で最初のPDAだったNewtonがどうなったかを考えてもらえれば分かるように、どこにもないものを作ろうと悪あがきをしていたのはSteveがいなかった最悪の時期のAppleなのだ。
 
 そのトラップにはまる事のなかった少し賢い人達が達する結論は、既に存在するのに大きく育つには何が足りない商品を誰もが欲しくなる製品としてAppleが完成させただけで、その胆はデザインだと言うのだ。だから、どこかの猿まね企業のようにパッケージまでパクると言うバカな事をしてしまうのだが、それも違うと分かるとSteveのプレゼンが上手いからなどと戯けた事を言う始末だ。
 
Appleが成功した理由ではないもの
その1:緻密な市場調査。一般人に今までにない商品を想像など出来ない
その2:どこにもないものを作る。そんなものが連続して出てくるわけがない
その3:デザインが良い。デザインだけで売れるのならばそれはアートだ
その4:Steveがプレゼンしたから。プレゼンで売れるなら世話はない

いつになく前振りが長くなってしまった(流石にくど過ぎる)。答えは既に書いてあるようなものなのだが、人を動かすのは快原則。食欲、性欲、達成欲も突き詰めてみればそれで得られる快感が動機付け。なぜAppleの製品をコリもせず買い続けるのかと問われれば使って気持ちが良いからだし、私が、WindowsやAndroidが嫌いなにはそれを一般の人が使って気持ち良くなるものとは到底思えないから。理屈で物を選ぶのは一部の頭でっかちだけなのである。

結論:漸く気持ち良く使えるところに辿り着こうとしているAndroidを尻目に、Appleは最初から使って気持ち良くなるを目指していた。一般のユーザが使って気持ち良くなる商品を作り続ければAppleのように成功するのである。何が気持ち良いのか分からないのならコンシューマ用の商品など出してはいけないのだ。

火曜日, 10月 25, 2011

うつ病には覚せい剤

 有効な向精神薬がなかった時代にうつ病になると覚せい剤が処方されていたなどと言うと驚かれるかも知れないが、現在うつ病扱いされているような抑うつ状態までうつ病と診断されるような乱暴じゃなかった時代には本当にどうしようもなければ所謂覚せい剤や興奮剤と呼ばれるような薬が処方されていた。覚せい剤を処方した時の問題点はぶっちゃけシャブ中やポン中になってう依存症にあったわけだが、現在安易に日本で処方されている睡眠導入剤から向精神薬が覚せい剤よりも安全であるなどと言う保証はどこにもないのも事実。それなのに、対処療法を拡大解釈(投薬によるポイント稼ぎだと思うが)して、日本以外の国では到底認められない複数の向精神薬の処方が常態化し、揚げ句の果てには副作用が少ないと持て囃された抗うつ剤の安易な処方で自殺者が増えたのだから始末に負えない。
 
 どうも日本人は薬は身体に良いものだと言う根本的に間違った考えにとらわれているようだが、抗がん剤をみれば解るように健常者でさえあんなものを投薬されたら間違いなく寿命を縮める。薬と呼ばれているものは基本的に毒物。薬理効果よりも副作用の方が大きいのが日本で処方されている多くの抗がん剤の実態なのだ。
 
 話しがそれてしまったので元に戻すが、現在安易にうつ病とされる症状の多くはきちんと診断すればうつ病とは全然別な代物。大体は良く眠れない⇒睡眠導入剤⇒抑うつ症状の悪化⇒抗うつ剤の投与⇒薬物による精神障害と進んでいるように思う。実際に私の知っている人で、不安による睡眠障害から統合失調症とまで診断された者がいる。
 
 途中経過はどう考えてもうつ病だったのだが体制が出来る度に薬剤の変更と投与する薬剤の追加。睡眠導入剤と睡眠薬、その上抗うつ剤をを処方された揚げ句の精神錯乱状態だったのだ。どう見ても統合失調症にしか見えない状態だったが、向精神薬を投与した結果はパーキンソン病の症状の発症だった。
 
 その後どう考えてもおかしいと言う事で、まともな病院で診察の結果ドーパミンが阻害されているためにおかしくなっているに違いないと向精神薬の投与中止とドーパミンの投与で無事生還する事が出来たのだ。人間の心を何かしっかりしたものだと勘違いしている人が多いが、基本的に精神活動(感情)を司っているのは脳内の化学物質。対処療法的にその化学物質の吸収を阻害したり、打ち消したりするのが向精神薬の正体。精神活動に影響を与えるから病気の症状を抑える効果があるのだが、複数の薬剤を併用すれば精神活動を破壊して仕舞うのは間違いないのである。

結論:心に働く薬は使い方を誤れば心を破壊する。今のように安易な抗うつ剤の処方は自殺者や精神障害者を増やすだけになってしまうだけ。人間をやめる事になるのなら覚せい剤でも同じなのである。うつ病に覚せい剤を使えと言うのではなく抗うつ剤を安易に使うなと言いたいのだ。

黒船襲来に脅える日本のメーカー

 前にも書いた事だが、ハードウェアの面でしか捉えられない日本のメーカーが本格的に電子書籍に進出するために発売開始されたKindleに対して右往左往している。個人的には、Kindleが出て来てもいないのに息切れしたり自滅している状態の日本がKindleで騒ぐ気が知れないのだ(そもそも日本のメーカーにはビジネスモデルさえないじゃないか)。
 
 そんな薄らバカばかりの日本メーカーが浅知恵でどんなハードを出してこようがAmazonに勝つ事などある筈がない。Amazonにはハード本体で儲ける気持ちなどこれぽっちもないのだから、ハードで儲けなくてはいけない日本のメーカーが太刀打ちしようと考える事自体がナンセンスなのだ。対抗しようと思えばKindle以上に安価で販売するかどうでも良い機能で厚化粧をしてカタログスペックで目を眩ませるしかない。
 
 もう一方のAppleは言い値のままディスカウントをする必要もなく売り切る事が出来る(だから粗利がとてつもない)からハードウェアで利益を上げ、コンテンツの売上を期待する必要のないビジネスモデル(iTunesはそれでも大きな利益を上げているが)を取っているが、こちらに対抗しようとすればApple以上に魅力的なエコシステムを用意するしか方法がないが、自社だけでそんなものを作る事など出来るわけもないのでで提携でどうにかしようと言う話しになるが、そうなればコンテンツからの利益が還元されなければハードで利益を上げなければいけないが、それが出来るならiPadといい勝負をしている筈なのだ。
 
 Appleの製品が売れているのは別にデザインが良いからではない(他と比べたら雲泥の差はあるが)。Steveが命を縮めてまで取り組んでいたのはカッコいいデバイスを作る事以上に、音楽や映画、出版業界の旧弊を取り去る事だったが、それが出来たからこそApple主導でコンテンツを含めたエコシステムを構築出来たのだが、それを全く理解出来ていないのが日本のメーカーも含めた他のメーカー(特に日本は酷い)。業界の顔色の方が顧客の顔色よりも大事な状態で自己満足と言い訳だけの製品が売れたらその方がおかしいのである。

結論:黒船を恐れているような振りをしながら、黒船が自分たちに出来ない事をやってもらいたいと考えているのが日本のメーカー。そんな事でAppleやAmazonと勝負などできる筈はないのである。

金曜日, 10月 21, 2011

今年のレコ大はバーニング系ではない?

 紳助の引退で大騒ぎになってるケツ持ちにお世話になっている芸能界。もう随分前からどうでも良くなっていた存在のレコ大だけれど大賞の鍵を握っていると言われていたバーニングも暴排法の影響で銀行の借り入れさえままならないなどと噂になっている昨今。今年の大賞にバーニング絡みを押し込むのは難しいかもしれないのだが…
 
 今回の暴排法のメイン・ターゲットは山口組。その山口組と一番縁が深いのは吉本であって、関東のプロダクションは非山口系との繋がりが…警視庁とは良い関係だと言われている(誰がそんな事を言ってるのだ?)住吉や神奈川県警とお友達の稲川に絡んでいるところが真っ先に上げられる事はないだろうと…

結論:今年のレコ大は西野かなのようである。因みにバーニング系だ。

木曜日, 10月 13, 2011

本当の物づくりを忘れた日本

 Apple以外のメーカーは製品が売れる事が最終目的(Appleだって売れなくと良いなどとは考えていないのは当たり前)なのでどうにかして、他社よりも少しでも多く売れるようにと小手先の機能をてんこ盛りにした製品を作っている。技術者達は自分が開発に関わった機能をどうにかして製品にねじ込むためのお墨付が必要だが、そのための手段として市場調査という意味のない事に大枚をはたいている。
 
 そんな事をしても一般ユーザが、まだ見ぬ商品を思い描く事など出来るわけもないのは調べる前から分かり切っていることなので現状の延長線以上のものがそこから生み出される事など何かの間違い(Steve並の人間が束になって調査の対象者にな利でもすれば別だ)でも起こらない限り望めない。
 
 対するAppleの掲げる最終的な目的は人々のライフスタイルをより良くする事。当然、目的を達成するために障害となるならそれが世の中で標準だと考えていようが過去の遺物をを捨て去る事を厭わない。目的のために本質追求を捨てる事はないので小手先の技術革新では問題の解決にはならないと判断した場合には業界そのものを変える方向へとターゲットを絞る。今では世界最大のミュージックストアとなったiTunes Storeだって業界のトップを動かしたからなのだ。
 
 日本の家電メーカーをはじめとする多くのメーカーが、物理的なモノを売る事しか考えている限りAppleの物作りを超える事は到底無理。日本のメーカーも創業当時は世の中を変えるために物作りをしてきたからこそ世界に認められたのに、創業者から雇われ経営者に時代が移るにつれてその精神を置き去りにし、グローバルスタンダードなどと言う(守銭奴の)お題目を有り難がってアメリカ的などうでも良いクズ企業になり下がってしまった。
 
 Appleはアメリカを代表する企業だが、その魂は世界でも一番日本的。お客様の喜ぶ顔が見たいから製品作りに妥協をすることはなく、一生使い続けたいと思うような製品を常に出し続けようと努力している(つい、二昔前までは日本では当たり前だったのだ)。それを取り戻さない限りどんな技術力があろうとAppleのような物作りは出来ないのである。
 
 「使って気持ちが良くなるかどうか」。一言で言ってしまえば製品が売れる理由は、非常に単純なのだ。どうしてそんな簡単な事に気付かないのかが不思議でならないが、恐らく理系の考え方しかできない人達が物を作っているからだろう。ユーザの気持ちになれない連中に物作りをさせてはいけないのだ。

結論:Apple製品が売れるようになったのは使って一番気持ちが良くなれたからなのである。その辺りを近いうちに書いてみたいと思うのである。

月曜日, 10月 10, 2011

愚か者であれ

 Steveの追悼文で多くの方々に引用されているスタンフォード大学における名スピーチ。特に最後の「ハングリーであれ、愚か者であれ」は多くの人々の心に届いた事だろう。と言うわけで私なりに、Appleが如何に愚か者であったかをまとめてみたいと思うのである。
 
愚か者の証拠
その1:iMacからレガシー技術を一掃
 Steve復帰後のAppleが初めて世に問うたのはiMac。それ以前に開発は始められていたと言われているが、少なくともフロッピーディスクやADB(Appleが開発したオリジナルシリアルポート)を取っ払う決断を出来たのはSteve以外には考えられない(自社製も含め使える周辺装置が全く無くなってしまったのだ)。フロッピーもないようなPCが売れるわけがないとAppleをケチョンケチョンに貶したのは、宿敵のMicrosoftではなくITの批評家達(評論するくらいだから恐らく賢いのだろう)だった。
その2:1,000曲を持ち歩けるiPod
 常識で考えなくても型落ちのPCが買えるような高価な音楽プレイヤーが売れる事などあり得ないと散々な言われ方だった初代iPod(私は、それが使いたくてPowerBookを買ってしまったのだから基地外だ)。当時は、その後Appleが採用するメモリタイプが主流(64Mくらいの容量でアルバム1枚入るかどうかのショボイ仕様だったが)で、1,000曲を持ち歩くために新たに開発されたハードディスクを独占的に手に入れるなど愚かじゃなければ考える事ではなかったのだ。ご丁寧な事にハードディスクを回し続けていたのでは音飛びとバッテリーの消耗が発生するのでバッファーするために他のメーカーではストレージとして使っていたメモリ容量と対して変わらないメモリ(32M)をキャッシュ用に使っていたのである。
その3:スマートフォンを再定義するiPhone
 iPod機能を積んだ最初の携帯電話であるMotorolaのRokrの出来の悪さに自信を深めたAppleが密かに開発していたiPhoneを発表。ケータイメーカーは素人のAppleが作った携帯電話など売れるわけがないと酷評。ここでもケータイ業界だけではなくITの評論家と呼ばれる賢い人達は、売れたとしても愚か者のマカーが物珍しさで買うだけで来年になればAppleは撤退しているだろうとしたり顔で書いていたのである。
その4:iPhoneが大きくなっただけのiPad
 タブレットを作らないのかと問われあんな出来損ないは作らないと言っていたAppleが出したのは出来損ないのタブレットと同じサイズの大きくなったiPhone。他のメーカーでは使い辛くなっている分価格が高くなっている出来損ないのネットPCが常識だったのに、AppleはiPhoneよりも低価格でiPadを販売。大きくしただけなのに大きくなった分だけ使い易くなるという当たり前の事を証明する結果に。揚げ句の果てにどれだけ売れるかを愚かにも勝手に決めたAppleはタブレットに必要な部品類をほぼ買い占め状態。慌てて本来タブレット用ではないAndroidを取りあえず搭載したタブレットを出そうにも部品さえ手に入れられないメーカーが続出したのである。

結論:Appleの製品が世の中に受け入れられたのは、Appleは愚か者の集団なので世の中に溢れ返る愚か者の気持ちを一番良く理解していたからなのだ。賢い方々には愚か者の気持ちは未だに理解出来ないようなのでAppleは安泰なのである。

今後4年間の製品は既に準備されている?

 他の経営者では考えられない事だろうが、期待外れだとのブーイングさえあった「iPhone 4S」の次の「iPhone 5」だけではなく「iPhone 7」くらいまでの商品コンセプトを残していたとしても不思議ではない。Macや今までにない製品も含め開発を指示されているハードウェア、そして将来実現しなければいけないOSの機能に関しても既に彼の指示によりスタートしている筈。デザインだけを変更して「iPhone 4S」を「5」とすることは可能だっただろうが、それを許さなかったのはSteveを始めとする経営陣だったのだろう。
 
 「iPhone 4S」の発表で初めて公になったiOSの機能は音声認識によるアシスタンス機能。マルチタッチによるインターフェイスを初めてまともに使える機能にしたAppleが次世代のインターフェイスの一つとして音声認識を実装してきた意味は非常に大きい。アプリレベルでは様々なものが既に出ているし、Googleは既に音声で検索が出来るという意見もあるだろうが、それとAppleが目指しているものは全く次元が違う(マカーの贔屓目だと思われても構わない)話であるが、それを実現しているのはiOS 5であって根本的なハードウェアの革新ではない。それを象徴的に表すために筐体のデザインを変更することなく名前も「5」ではなく「4S」としたのがAppleなのだ(2年間同じ筐体を使い回すという戦略もあるだろうが)。
 
 私が、今年の初めに6月の発表では「5」と呼べるほどの大幅な変更は無理だから「3G」が「3GS」となったのと同じように次は「4S」になると予測したのも全く同じ理由だったのだが発表が秋に延ばされ、もしや本当に「5」も出すのかも知れないと考えたのは間違いだったのである。
 
結論:4年先までの製品を託してあるとの話が本当であれば、「iPad 3」や「iPhone 5」は間違いなくSteveが思った通りのデザインでデビューしてくるのである。

Steveに捧げる

 いつになったらSteveの死に関してのblogを書くのだとお怒りの方もいたかも知れない(恐らくいないと思うのだが)が、間もなくと覚悟はし ていたものの本当の死を受けて何かを語るには時間が必要だった。Steveの死を私に告げたのは出社途中のTwitter。地下鉄の中だったので本当かど うかを確認するのも難しい状態だったが、国内で最初に記事を打ったのが日経であったにも関わらず、これは間違いの無い事実だと素直に受け入れたのは感じる ものがあったからである。Appleを救っただけではなく世界を何度も変えたSteveは、その命と引き換えに我々に夢を与え続けてくれた。
 
  私がMacユーザになった頃は、Steveは既にAppleを追われた後だったが、その後の混迷の時代をMacユーザとしてつぶさに見てきた身としては、 技術者達が自分の好きな事を何の秩序もなく追い求めていたのではAppleは崩壊してしまうと感じていた(Windowsユーザの前では口が裂けてもそん な事は言えなかったが)。Appleを蘇らせるためには創業期の天才達が戻ってこなければ駄目だ(多くの天才達はSteveのいなくなったAppleを飛 び出してしまっていた)と日経Macに投稿したのは1995年だったが、その中にはSteveの名前はなかった。そう、まさかSteveが戻る事などはな いと考えていたのだ。
 
 Steve復帰以降のAppleの大躍進は多くの人が知る事なので書く必要はないだろうが、復帰に 際し彼が立てた今後30年のAppleのビジョンを持っていた。ビジョンの半数以上は実現されたようだが、未だ我々の目の前に現れていない多くのものが Appleの中で育て上げられているのだろう。私に残された目標はSteveが自分の目で確かめる事の出来なくなったその製品をこの目で確かめる事になる のではないだろうか。

結論:今まで、Appleを語る時に使ってきたのはJobsだったが、今後は敬意を込めてSteve(正式にはStevenなのだが)と改めたいと思うのである。

水曜日, 10月 05, 2011

10月4日の発表を総括する

 わざわざ、しなければ良い予測をして筐体デザインの変更無しとモデル名を大外しだったのだが、今回のiPhoneは、結局私が4月に予想した通りの結果であった。もう一度4月のblogを見返してもらうのも良いのだが、その手間を省くために(疑い深い方はご自分の目で確認下さい)その時の予想を列挙してみたい。
 
その1:恐らく秋に登場するのは筐体の殆ど変わらないモデルで、CPUはA5にアップデートされQualcommの通信モジュールにバージョンアップされた「iPhone 4S」と呼ばれるものになる
その2:グローバルバンド(GSM+CDMA対応のQualcomm通信チップでT-Mobileもサポート)
その3:来年デビューになると噂されている「iPhone 5」はどうなるのだろう。噂から判断すればより薄く軽い(もしかしたら小さい)「iPod touch」のようなiPhone

結論:まあ、誰でも予想する範囲なので大した事はないのだが、4月の判断の方が正しかったという反省の意味も込めて…本当は単に自慢したいだけだ。

Amazonと東芝とApple

 寝ずに待っていたのにAppleから発表されたのが「iPhone 5」ではなく「iPhone 4S」だったとお嘆きの方もいるようだが、そう言う人はネーミングに惑わされているだけの人である。勿論、噂されいたデザインのものが欲しいと言う理由なら解らないでもないが単純に名前だけでがっかりしているのだとしたら、見当違いも甚だしいとしか言いようがない。と、言うわけでiPhoneの話なのかと思われるかも知れないが、これは単なる前振りで、今回の話題は一番旬なiPhoneではなくタブレットに関してである。
 
 Appleが参加しないイベントはどんなものであれ全く興味が湧かないタチなのだ(なら、貶さなければいいのだが、そうは問屋が卸さない)が、ここに来て全く対照的なAndroidタブレットが二つ(他にもあるかも知れないが、そんなものはどうでも良い)発表されたので勝手な意見を書いてみたい。その一つは唯一iPadのライバルとなりそうなAmazonの「Kindle Fire」であり、もう一つ(複数のモデルがあるようだが、画面の大きさなど瑣末な問題なので一括りにする)が東芝の「REGZA Tablet」。
 
 「Kindle」は、OSにAndroidを使っているが、徹底的にカスタマイズされていてAmazoidと考えるべき代物(だから駄目だと言うのではなく良いと考えている)で、東芝の方は、ほぼ最新のタブレット用Androidを搭載した純然たるAndroidタブレット。一言で言えば「Kindle」は持ち運べるAmazonストアであり、専用のSilkと言うブラウザを介してAmazonサイトを利用するためのデバイスと言えるだろう。対する「REGZA Tablet」の強みは東芝の「REGZA」シリーズとの連携で家の中のどこででも「REGZA」に蓄えられた動画を見る事が出来る事なのだが…
 
 個人的には「テレビ番組全部取りのREGZAのコンセプト」はありだと思うが、それと連携させた事以外に特別なところのない「REGZA Tablet」を出すと言うあり得ない。「REGZA Tablet」をキーにして「REGZA」を買って貰おうとの算段か、その逆なのかは全く分からないが、もしも「REGZA」の方を売りたいと言うのならば「iPad」で動画を楽しめるアプリを作る方がよっぽど裾野が広がると思うのである。
 
 対するAmazonは、Amazonを利用させるために各デバイス用のアプリをリリースするだけではなくAppleのような自分勝手なOSの制限を受けずにAmazonの考える使い易さを実現するための専用のデバイスとして「Kindle」をリリース。ハードウェアで儲けようと考えている分けではないので思い切った価格で他のタブレットを嘲笑うかのような戦略を掲げてきた。Appleには触れていないが、それはいつも書いていることなので割愛である。

それぞれの戦略
Amazon:ハードウェアはコンテンツ(物販も含む)販売のための手段に過ぎない。強いて言えば決済機能の煩わしさを専用端末でクリアと言う戦略。より良いものがあればOSがAndroidある必要さえ無い。
東芝:家電メーカーなので仕方がないのだが自社製品を抱き合わせで売るための手段としてのタブレットと言う戦略。REGZAシリーズの考え方は他のテレビ絡みの製品よりはまともだと思うのだが、OSにAndroidを使ったとしても利益など望めないのである。
Apple:ハードで儲け、コンテンツ(何れは物販も入る)販売でも儲けるテッパンの戦略。そのため、ある意味Amazonの方が思い切った戦略を打ち出しているとも言えるが、言い値でハードを買わせるなど他のメーカーには出来ない芸当が可能なのもビジョンが壮大だから。

結論:東芝を引き合いに出してしまったが他のメーカーはそれ以下の戦略しか持っていないのは間違いない(中にはわざわざ電子書籍専用端末を出すバカさえいるのだ)。Amazonが目指しているのはコンセントとワイヤーから開放されたワイヤレスのネット販売であり、Appleが目指すのはライフスタイルそのもの変革。中には情報の独占を目指しているところもあるようだが、世の中をどう変えるかのビジョンを持っていないなら自社製のハードなど作っても仕方がないのだ。

火曜日, 10月 04, 2011

5ではなく4S

段々、5が出ると考えるようになっていたが結局最初に予想していたように同じ筐体を2年使うパターンとなり、新しいiPhoneは4Sと言う名前になる。見た目は同じだが、内容は音声認識(但し、日本語はまだ)にフルHD対応のカメラ(f2.4は明るい)、チップはA5になったので大体合っていたようだ(皆がそう考えていたので威張れるものではない)。嬉しい誤算はauも14日から発売開始な事。CDMA 1xなくなるから携帯替えろの「替えろコール」に「欲しい端末がない」と応えるのはこれでお仕舞いなのである。

結論:筐体は変わらなかったけど、機能アップは十分新しいiPhoneと呼ぶにふさわしいもの。これで、最初から日本語音声認識対応だったらドコモが潰れるくらいの大騒ぎになっていたのだ。

月曜日, 10月 03, 2011

「Let's Talk iPhone」を深読みする

早く書けと一部お叱りの声もあるのだが、忙しくて何も書かないうちに正式に次期iPhoneが発表されようと言うこの期に及んで、Appleのプレスへの招待状を深読みしてみたい。明日の未明には発表されてしまうので、ここで大それた予想を書くと恥の上塗りになりかねないのだが、何も書かずに済ませたのではマカーの名折れになってしまうので書かない訳にはいかないのである。

招待状に並んでいるアイコンからわかる事は、カレンダーの4と時計の10時は開催の日時を表していると言う事なのだが、だとすれば他の二つにも当然意味があると考えるべきである。そこから、マカーの妄想がキノコ雲のように膨らんでしまうのだ。

深読み
その1:受話器のマークに数字の1
普通に考えれば、今回発表されるiPhoneは一種類である。「iPhone 5」が出る事は間違いないので、それで終わりとも考えられるが「iPhone 4」以降も3GS販売が続いていた事を考えれば「iPhone 4」が生き残る可能性は高いだろう。「iPhone 5」と共通になるであろう構成要素はCPUと通信モジュール。カメラやメインメモリの容量は現行のままだが、CPUは「iPhone 5」や「iPad 2」と共通の「A5」、通信モジュールはQ社のデュアルバンドチップ(扱う気があるならauからも出せるはず)になる事は恐らく間違いない。違いは、メインメモリが倍になるのとカメラの解像度が800万となり(フルHDのビデオを撮影出来るか)。
その2:マップ
新たなマップ(Apple純正)が搭載されるのではとも考えられるが、そうではなくナビゲーションなどのアシスタント機能が新しくなると考えるのも一考だ。マップと言うものをナビゲーションの一つのイコンと捉えれば、アプリケーションの起動を含め、スケジュール管理やメール、電話のアドレス管理のアシストもナビゲーションしてくれる新たなアシスタント機能が標準装備される。
その3:「Let's Talk iPhone」
そのまま捉えれば、今回の発表会はiPhoneの話だよとなるだろうが、そうではなくiPhoneと話が出来ると言う隠喩だと深読みする。話しかける相手がiPhoneで、同時にiPhoneも音声で対応する。Siriの音声認識が使われるとのではとの噂をそのまま信じれば当然そう言う結果になるだろう。
まとめ
4つのアイコンを総合したAppleのメッセージは、「10月4日午前10時に、音声認識エンジンを搭載して音声でナビゲーションが可能なiPhoneを一機種(カラーや容量違いは無視)発表しますよ」となるのだ。

結論:今までのβ版にそんな機能はなかったとのご指摘もあろうが、その機能を使うには1GのメモリとA5の処理能力が必須項目。そんな端末は「iPhone 5」が出るまでは存在しないので殺していたと考えるべきだろう。音声認識と音声による操作は「iPhone 4」が4SになってCPUがA5になっただけでは不可能な特別な機能なのである。