月曜日, 11月 13, 2006

真実と事実 〜第六章〜

 日本人の間(少なくとも左翼以外)では、南京で30万人も虐殺されたという話は事実ではないとなり始めているが、それでもナチスによるユダヤ人の虐殺はあったと信じられている。結構人間はデマに弱いのである。

ナチスのユダヤ人大虐殺
定説:アウシュビッツなどの収容所で600万人のユダヤ人が虐殺された
事実1:当時明らかにユダヤ人と分かる(非改宗者)はヨーロッパ全土で600万人だったので、定説通りなら全滅である。
事実2:死者の多くは発疹チフスなどの伝染病だった(死んだのと殺したのは意味が違う)
事実3:ガス室と信じられている施設はシラミ駆除用の部屋だった(チクロンB散布)
事実4:アウシュビッツの記念碑の犠牲者数は150万に訂正されている
事実5:ドイツ以外のヨーロッパ人やアメリカ人もユダヤ排斥を容認していた
私の視点:この辺はまたの機会に。

士農工商
定説:江戸時代は士農工商(階層順)という厳格な身分制度(日本版カースト)があって、その身分の間と移動することができない封建社会だった。その下に穢多・非人というものがあった。
事実:士農工商とは役の上での分類であり、実際には武士の下に村単位の百姓(農民のことではない)と町単位の町人があっただけである。また公家や僧侶など士農工商のどこにも含まれない職種もあり、明治以後に言われている史観で江戸時代の身分制度は捉えることはできない。

幕藩体制
定説:江戸時代は幕府が各藩を統治していた
事実:明治時代になるまで藩という呼称は一般に使われていなかった。何故ならば江戸次第には藩という制度は無かったからだ。藩とは儒学文献上の”領国”の別称に過ぎず、1868年に明治政府によって大名領を”藩”という行政区分名にしたのである。時代劇で”何々藩”と平気で使っているがあんなことは無かったのだ。藩という言葉が存在したのは明治2年の府藩県三治制から明治4年の廃藩置県までの僅か2年間だけだったのである。今度から時代劇を見て、何々藩などと言ってたら文句を投書しよう。
私の視点:幕府を悪者にするためならば、あることないことでっち上げたのが倒幕派の連中だったのである。

非核三原則
定説:核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずの日本の国是
事実:アメリカの傘の下にいるのであえてもつ必要がないだけという、安保前提の国是
私の視点:腐るほど核兵器を保有しているアメリカの核の保護下にあって非核というのは詭弁。非武装中立と同じで単なる理想論に過ぎない。核武装の議論が核兵器の開発につながるなどと馬鹿げたことを未だに言っている基地外野党があるが、独自に核武装をするためには核の傘から出るというもっと難しい問題があることをちっともわかっていないのである(だからサヨクはバカなのだ)。

結論:明治以降の江戸時代に関する定説は、かなり恣意的な面を含んでおり江戸時代生まれのいなくなった戦後、それは余計に酷くなっていったのである。サヨクは実体のない言葉(言霊)が大好きな迷信好きばかりである。どうも進歩的というのは非合理的のことらしい。

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