月曜日, 2月 19, 2007

策士勝海舟

 策士勝海舟の江戸無血開城の策。

無血開城(表の交渉):西郷隆盛に江戸を無血で明け渡すので箱根より兵を進ませるのはやめて欲しいと交渉。

無血開城(裏の情報):新門辰五郎に命令して官軍が江戸に入る前に焼き払う腹積もりだと言う話と合わせて榎本艦隊が東海道に軍艦を配備し官軍を全滅する作戦だという裏情報をリーク。

無血開城(裏交渉):フランス公使を通じてイギリス公使パークスに、官軍が江戸に入れば江戸を焼き打ちにし、内戦状態に入るつもりと耳打ち。明治天皇が単なる傀儡であることは判っているのでイギリスは西郷に思いとどまるように(一切の支援はしないと最後通牒)助言する。

無血開城(事実):徳川慶喜が禁裏御守衛総督に任じられた時、上洛して二条城の警護を行っていたのが新門辰五郎とその子分(町火消と言う名のヤクザ集団。稲川会あっての小泉純一郎、住吉会あっての石原慎太郎状態だったのである)。彼らは鳥羽伏見の戦いにも参加するが、会津・新撰組が昔ながらの戦いかた(槍での突撃)を行う中で十分な働きをする。幕府軍は全く相手として考えていなかったが、東海道を抑える清水次郎長とも知縁があり、榎本艦隊と博徒を相手に容易く勝てないと判断したのだろう。現に上野の彰義隊で生き残ったのは新門辰五郎の子分たち(他は寄せ集め集団の中に薩長の間者が入り込み中から官軍に呼応して内部崩壊したと言われている)だった。

結論:平和でも軍備だけは必要だと言うことだ。

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