前にも取り上げた日経の記事。MacBook Airの中身は無駄(なスペース)ばかりで、日本の技術者ならばもっと上手に内部の設計を行うと言うのだ。その部分の感想として前回は、まだまだ日本の製造技術は他国をリードしていると言うものだったが、それでは製品の設計思想としてはどうだろうかと言う話が今回の話である。
結論をいきなり言ってしまえば、Appleは製造技術的に無駄があり、日本のメーカーは製品の設計が無駄ばかりだと言う事に尽きる。
日本のメーカーは商品開発のコンセプト作りの段階で何度も会議を繰り返しているが、その為に、"船頭多くして船山を登る”というマシーンを作り出しているのである。これは、PCだけではなく次世代DVDでもそうなのだが、やりたいことが何であるか、やらなければいけない事が何であるかは船頭が多くなればなるほど見えなくなってしまう。
テレビだ、ワンセグだ、地デジだと1年ごとに見られるテレビを換え、それをパッケージ化する為に日本の製造技術は進むのかも知れないが、コンセプトの作成技術は一向に上向かない。それが今の日本の実態である。
結論:一番コンパクトにまとまっているLet's noteには、地デジも何も載っていない。明確なコンセプトを持った商品にはオマケはいらないのである。日本のPCの設計は無駄だらけなのだ。
月曜日, 2月 25, 2008
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