月曜日, 10月 01, 2007

給油活動だけで良いのか

 特措法の延長問題で政権を投げ出さざる負えない国。自国のタンカーをアメリカに守ってもらったことさえ国民に知らせない国。イラクの活動に同調するかどうかさえアメリカの顔色を窺わなければいけない国。揚げ句の果てには国連の決議だ。飛行機事故やテロが起きれば、自国民が巻き込まれていないかだけが大事な国。

 いつからそんな情けない国になってしまったのだろう(まあ、終戦からだが)。その目は遡れば明治維新に行ってしまうのかも知れないが、藩閥政治に始る官僚制度の村社会化が根本の原因なのだ。陸軍は長州、海軍は薩摩、その影響を受け、それぞれがどこかの顔色を窺い、自分たちの組織の存続だけを考えて行動した。もちろん、それを打ち破ろうとした人達がいなかった訳では無いが、国家を第一に考える人達は山本権兵衛のようにスキャンダル(それも前政権の)や伊藤博文や原敬のように凶刃(銃も使うが)に倒れていった。

 今日本必要なのは自国の判断で中東にある多くのタンカーを守る気概では無いだろうか。別に他所の国の軍艦を守れとは云わないが、中東の石油に依存している以上そこからの石油を輸送する商船を守るくらいの事はしなければならない筈だ。

結論:旧帝国海軍だって、他国の商船を守るために自己を犠牲にする行動を取ったのだ。そう言う事の積み重ねだけが日本の平和に対する姿勢を認めさせる方法なのである。口先で平和を唱えるだけならば何処の馬の骨にだって出来るのだ。

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