火曜日, 6月 27, 2006

もうひとつの東京裁判

 東京裁判がイカサマである事は今では明白な事実だが(そう思っていない連中もいるが)、それにしても裁判を有利に進めるために、大川周明(基地外と言う事にした)と石原莞爾を外した事が一番のイカサマだった。もしあの二人が通常通りに戦犯として起訴されていたら、恐らく裁判の行方はアメリカが意図した通りにはならなかっただろう。だからこそ大川は基地外として扱い、膀胱ガンであった石原莞爾は山形での審問だけにして東京へは呼ばなかったのである。

 呼んでいれば大川周明と共に日本の自衛戦争を立証し、その上でアメリカの非道を世に明らかにしただろう。だからこそ二人を裁判から外したのだ。恐らく酒田での審問の結果が問題ないものであれば東京裁判で吊るされたのだろうが、彼らを論破するだけの論理をアメリカは持ち合わせなかったのだ。

 トルーマンを原爆投下で戦犯だと言い募ったのは少なくとも石原莞爾だけだったのだ。

結論:そしも大川や石原が東京裁判の被告になっていたならば、戦後の日本はもう少し骨のある国になったに違いない。欧米人お得意の屁理屈を論理で打ちのめす機会を失った事は非常に残念である。

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