水曜日, 5月 25, 2005

カタカナ言葉の害悪

 今に始まったことではないが、社会風俗に関する問題をカタカナ言葉で表すために本質を間違った方向に持っていく傾向がますます高くなっている。最近やたらに目にする言葉がニートである。勉強するでもなく職に就く訳でもない人をさす言葉であるが、こんな言い方をするからブラブラする連中が出てくるのだ。

 日本語で言えば瘋癲のことじゃないか。もちろんフーテンと言う言い方もあったがこれではかなり軽い言い方になってしまう。第一ニートはそれよりもかっこいい感じがするところがなおいけない。

 もちろん、職に就きたいのに付けない人達もいるだろうが、それはニートではなく失業者である。どう考えても失業者よりはニートの方がよっぽどかっこうがいい。こんな状態をほったらかしておいてニートが減る訳がないのだ。というわけでこれからは瘋癲(ふうてん)とメディアは書くべきである。同様にフリーターは日雇い労務者と呼べば良い。

 積極的に働く気も無い奴を格好良く呼んで、一生懸命色を探している人を失業者と呼ぶのをやめてハンター呼んであげなければ浮かばれないではないか。私の言っていることはそんなに間違っているだろうか。

 人間かっこういいと少しでも感じられると安心してしまうものだ。マネーゲームだって銭転がしって呼べばいいし、バブルなんて言わないで泡銭と呼べば、どれくらい卑しいことかすぐに解っていいと思うのである。

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