木曜日, 2月 25, 2016

正義の人

世の中に真の正義なんてあるわけがないじゃないかの持論を持っている私からすれば頭が腐ってるとしか思えない案件でTwitterが盛り上がっているらしい。事の発端はどこでそんな教育を受けたのかは分からないが記者をやっている方の「私達記者は正義。」のつぶやき。みんなに突っ込まれて「記者は正義であるべき」の意味だったと見当違いなリツィートをしているのだから本当にかわいそうな人だ。冒頭に書いたようにそもそも世の中に絶対的な正義は存在しない。大抵の場合は正義というのは相対的な比較にさえならない。勝てば官軍で正義というのは勝った側の大義名分を正しいとする考え方。太平洋戦争で負けた日本も日本ありの正義のために戦ったのであり、正しいかどうかは別にしてその日本を打ち負かしたアメリカにはアメリカの正義があったのだ。日本がアメリカに敗れたのは決して正義の優劣の問題ではなく武力の差。

戦争に負けたので日本やドイツは犯罪者扱いでしたが我々にも一分の理はあったのだ。戦後は戦争に行った人に罪を押し付ける形でアメリカ側につくことが正義だったわけだが、敗戦で日本が去った後に旧植民地に戻ってきた欧米諸国はその後植民地を復活させることができなかったわけだが、それは欧米の正義が占領される側の正義ではなかった証拠なのである。要は正義とは単なる大義名分の類。自己を正当化するためのお題目に過ぎないのだ。

さて、冒頭に戻ろう。正義とは違うが記者に取っての正しい態度というものは存在する。日本のマスコミにはそんなものはほとんどなさそうだが、それは自分や自分の属する組織の信条や心情に一切左右されずに事実を報道することである。右左の二つの意見が出ているならそれぞれの主張を書けば良いだけだ。Aさんはこう言っているが多くの人はBさんが正しいと言っているまでは事実がそうならそう書けば良いが、だからAさんは間違っていると書いたらそれは事実の報道ではなくなる。でもくだんの記者さんはそう書くことを正義だと考えているはずだ。記者には正義を決める権利などないのだから記者が正義になろうなどと考えるのはそもそも根本から間違っているのだが大マスコミに入れるような人は上から目線で自分を正義だといつの間にか勘違いする。だから炎上するような馬鹿なことを呟けるのである。

結論:くだんの記者が「私達は勝つ側の考えに乗る」という意味でTweetしたのだとすればそれはまさしく正義の人なのである。

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