木曜日, 8月 13, 2015

間も無く敗戦記念日

一般的に8月15日は終戦記念日と言われているが正しくはポツダム宣言を受諾した日は敗戦を認めた日であって本当に終戦となったのはサンフランシスコ講和条約が締結された日であるはず。さて終戦か敗戦かは置いておくとして日本が条件降伏(國体護持を条件としたので無条件ではない)してから70年。占領下の暫定的な日本国憲法が制定されてからは68年だが、日本は70年間当事者として戦争に巻き込まれていないが一部の人たちは日本国憲法9条のおかげだと見当違いなことを平気で宣う。70年前の憲法は大日本帝国憲法だったし、1952年までは主権さえない状態だった。そして米軍が進駐してから現在まで国内には数多くの米軍施設がありこれはどう考えても平和憲法よりも先で、どんなにお花畑な人たちが日本国憲法のおかげで日本は平和なのだと騒ごうがアメリカの核の傘に守られていた事実は覆すことはできないのである。

日本が戦争に巻き込まれることもなく平和だった70年とは
・1945年10月中国国共内戦再開(1950年5月まで)
 捕虜となった旧日本軍が共産軍に協力、旧日本軍は国民党軍の軍事顧問として協力
・1945年9月日本から解放された朝鮮はソビエト、アメリカにより分割占領状態に
・1950年6月朝鮮戦争(1953年7月休戦)
 内戦がひと段落した中国とソ連の支援を受けた北朝鮮と米軍+韓国軍の国際紛争
・1946年12月第一次インドシナ戦争(1954年まで)
 フランスとベトミンの戦い、アフリカでの植民地独立闘争激化でフランス撤退
 旧日本軍人がベトミンに軍事協力
・1960年ベトナム戦争(1975年4月まで)
・1967年カンボジア内戦(1975年4月まで)

少なからず日本が影響を与えた国々だけでもこれだけ戦争が中南米やアフリカも中東も常に戦争が行われていたし、対外戦争の戦場となることがなかったのは北米やヨーロッパの一部、そして日本くらいだったのだ。

結論:敗戦後70年日本は戦争状態に陥ったことがないため平和だったかもしれないが、憲法九条が何ら世界平和に貢献しなかったのは事実なのである。

月曜日, 8月 10, 2015

平和と日本国憲法は関係ない

憲法の改正もなしに解釈だけで集団自衛権を認めることなどあってはいけないと考えているがそれは九条を守るのが正しいと考えているからではなく占領下で作られた憲法がサンフランシスコ条約が締結された時点で改正の必要があったと考えているからだ。敗戦からわずかな期間で主権回復が認められたため国民感情として軍隊に対するアレルギーが強かったこともありなし崩し的に日本国憲法は改正されることもなく70年を経過してしまったがその間にどれだけ世界の状況が変わったかを全く考慮しないのはさすがに…

反戦で騒いでいる輩が信用おけないのは占領下という平常ではない状態で制定された憲法を金科玉条としてそこから一歩も前に出ようとしないこと、憲法の文面を見ればわかるようにそれは日本が侵略行為を行わなければ世界の平和が保たれるというファンタジー。統治能力がないから日本の併合を受け入れざるを得なかった朝鮮半島は独立を焦ったために結果的に分断したままとなってしまったが日本が再侵略を企てからではない。内戦になっていなければもっと早く半島は発展していたことだろう。

戦後70年間日本が戦争に巻き込まれなかったのは日本国憲法があったからと誤解をしている人が多いが日本が戦争に巻き込まれなかったのは海を渡って日本まで攻めてこられる海軍力を持った国が近隣に存在しなかったことと世界の警察であるアメリカ軍の極東最大の基地が日本国土にあったから。大きな軍事力を持たないですむ言い訳として日本国憲法が有効だったことは間違いないが、それと戦争がなかったことは全く関係がないのである。

結論:軍事力を持てば戦争になると短絡的に考えるようなバカが存在する限り日本は再軍備しない方が良いが、事実上改正の不可能な硬性憲法では立ちいかなくなるのは間違いない。アメリカの庇護がなくなった状態で自立可能な新たな憲法を制定した上で安全保障を考える時期になっているのだ。ヤクザに守ってもらっている現実に頰被りをして綺麗事を並べていたのでは笑われるだけなのである。

木曜日, 8月 06, 2015

日本国憲法の大きな矛盾点

日本国憲法に大きな矛盾がある第一の理由はこの憲法が作られた昭和22年は未だ独立をしていなかった(今でもそうだが)進駐軍時代。そして主権を回復したのは昭和27年。敗戦後の処理が未だ完了をせず主権を持たなかった時代の臨時憲法に過ぎなかったことにある。その主目的は短期間に再軍備を行わせないことと天皇の権限を制限することだったのは明らかだったが硬性憲法にしてしまったため事実上憲法改正不能にしてしまったことが一番の問題だった。

GH9の指示のもと急ごしらえであった日本国憲法が矛盾だらけなのは当然なのだがニューディール政策の失敗で本国での活躍の場を失った連中が理想主義に徹して作ったものであるためそれ以上の矛盾を多く抱えている。その一つが昔から問題になっている九条なのだが自国の防衛までは否定していないとは言われているがそうかと言って自国防衛のための武力を保持して良いとも書かれてはいない。占領下では解散された軍隊はおろか警察でさえ武装解除され拳銃も刃物も所持不可能だったため重要な職務である治安維持さえままならなかった。

そんな中朝鮮進駐軍を詐称し略奪や陵辱を繰り返す連中が跋扈したため現在の暴力団に繋がる組織が武力を持たない警察のかわりに治安維持の一翼を担っていたのも事実なのだ。そんな不完全な形で建前上独立国となった日本に取って大きな修正が必要になったのが、日本から独立したことによって統治能力を失った朝鮮における戦争の勃発だった。主力となる部隊は日本に進駐していた米軍だったが全ての軍事力を朝鮮半島に出してしまったのでは日本国内で何が起こるか分からない状況だった。本来であればその段階で憲法の改正をすべきだったのだが、憲法改正の条件をあまりに高く据えてしまったため当時の状況では改憲は不可能。そこで考え出されたのが旧帝国軍人を中心に組織された武装警察の警察予備隊であり安保だったのだ。

もう一つの大きな矛盾は立憲君主制の最高権力者であった天皇は象徴とされ全ての権限を外されたのにも関わらず共和制に移行しなかったこと。共和制になっていれば選挙によって選ばれた大統領が国家元首となるはずだが日本では議院内閣制を続け国家元首は象徴である天皇であり、実態としては大英帝国と何ら変わらない。

結論:どう考えても臨時憲法としか思えない日本国憲法がずっと続いてしまった第一の理由は硬性憲法にしてしまったこと。そして、その中に多くの矛盾を孕んでしまったのはアメリカで夢破れたニューディーラーたちが理想を憲法の条文に組み込んでしまったから。せめて軟性憲法であればとっくの昔に常識的な憲法になっていたものを。