水曜日, 8月 21, 2013

何故錯視が起こるのか?

錯視と年齢に関係があるのかを調べて研究している暇な人が世の中にはいるようだ。その人達は仮説として年寄りの方が錯視が起こる(耄けているから)と考えているようだが、そもそも仮説が間違っているのでは。揚げ句の果てには未だになぜ錯視が起こるかが解明されていないと言う。バカじゃないの?

確かに誰もなぜ錯視が起こるかの結論は出していないようだが、それって錯視は通常の視覚の認知処理の錯誤が原因だと言う前提で始まっている考え。私は錯視が起こるのは視覚の認知処理のエラーではなくいつも通りの正しい認知処理をしたから錯視になっただけと考えているので、スタート地点からが違う。こう言う人達がいるから目測で距離感を掴めるのは両眼視による視差を大脳の高度な情報処理システムを駆使して行っているからだと勘違いして3Dテレビなんて言う訳の分からないものをこさえてしまうのだ。

静止画から立体感を掴む場合には仰るように両眼視差で処理可能ですが、日常生活は動画の世界そんなややこしい処理をしていたのでは物事の認識が終了する前にもうその処理は必要のない時間に…
やさしくかみ砕いて言えばピッチャーマウンドに置いてあるボールの距離感は両眼視で判断するかも知れないけど、ピッチャーの投げたボールはその移動スピードと移動方向が判断材料であって両眼視差なんて使う訳ないでしょと言う話です。

運動時に両眼視が意味を持つのは片眼では捉えきれない視界の広さの方であって視差ではない。同じように視覚の認知で重要になるのは図と地の関係。何故ならこれならば短時間で大ざっぱな処理しかしなくても生活に問題がないから。と言う訳で、錯視が起こるのは普段、図と地の関係だけで端折って処理をしているからなんです。
そんなこともお偉い大学の先生は分からないのか。だから大学に残ったんだろうな。

結論:認知処理の完成していない(手抜きはしない)赤ん坊に錯視は起こりません。勿論、認知処理も上手く出来ないですよ。

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